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【読書記録】「宇宙へ(上巻)」 男社会で宇宙(そら)を目指す女性科学者。

冒頭の「核ミサイルを思わせるなにか」が落ちる場面で、もうすごい。

主人公のエルマ夫妻は、家の窓から、何かが激しい光とともに落ちるのを目にする。即座に音速と経過時間から爆心地までの距離を計算し、遅れて衝撃が来るはずだ、と避難を始める。

元パイロットで、計算者として優秀すぎて男社会ではねたまれたこともある主人公エルマ。
ロケット工学者で有名人の夫。ふたりは、あざだらけ、傷だらけになりながら走り、ジョークを言いあう。
ラジオしか情報源はないけど、放送が続いているということは核ミサイルではない。国は機能している。
冒頭の計算、判断、行動の早さだけで、この夫婦は「超・頭が良くて信頼しあってる」のがわかる。

状況が判明する。
1952年。
ワシントン近海に巨大隕石が落下。
国を導く大統領、罪のない大勢の市民が死に、救助ヘリからはなぜか白人ばかりが到着する。

家を失ったが命をとりとめた夫妻は、科学、信仰、家族愛といった「たしかなもの」を頼りに立ちあがり、他の被災者の救助に行こうとする。
日本人なら震災を連想するところだ。
泥だらけの姿から服を着替えて、あざと切り傷だらけの顔にメイクをする。深刻な展開の中で、読者はふっと息がつける。

罪のない市民が死に、さらに、隕石の影響で気候が変動して、地球の温暖化がすすみ、やがて来る地球の終わりがずっと早まることがわかる。たいへんだ!

人種だ国籍だといった争いをやめて、温暖化対策と将来的な宇宙への移住も考えないといけない。
性別に関係なく、優秀な人材は宇宙開発に参加しないといけない。
スペースコロニーで家族をつくるためには、女性も必要だ。女性も宇宙に乗り出さないといけない。

1950年代の人が、環境問題や人種・性別に関する意識をどこまで変えることができるのか。

そこに、遅れた人間代表のように「隕石はソ連の兵器説」をとなえ、女性は宇宙飛行士の適正がないとする上司パーカーが出てくる。

(「82年生まれ、キム・ジヨン」を読んだばかりで、全く違う話を読もうと思ったら同じだった。)

男性社会で夢をかなえられない女性の小説。だけど上司側の発言が偏見なので、
あ、こいつの発言だけ科学的根拠がないな。サイエンスがないな。とわかる。つまりSF小説では「負け」だ。理屈がないと勝てない。逆に人間の古さだけが強調される。

完全な男社会だった当時の宇宙開発の現場で、珍しい女性科学者として、主人公エルマは苦手なテレビに出演する。
生放送の緊張に嘔吐し、二度と出ないと思ったなかで、未来の宇宙飛行士を目指す女の子たちからたくさんの手紙が届く。


国全体がパニックになる悲劇が起きたけど、人種を越えて協力する機会ができたり、子供たちが宇宙に興味を持つようになる。
悲劇は起きたけど、悲劇は「変わるきっかけ」にもなると考えているから、苦しいけど明るい。
この感じ、ちょうど「今」だ。今読まれる話だ。


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南ミツヒロ
読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。

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