高野秀行「語学の天才まで1億光年」は禁煙中の人に見せつけるタバコ【読書日記】
「語学の天才まで1億光年」。
ぼくに読書の楽しさを教え、小説より旅行エッセイのほうが面白いじゃないか、小説の細かくこった表現なんて不要なんじゃないかとまで思わせた高野秀行の新作です。
最近は海外納豆についての研究をしていて、面白い話題からしだいに文化の広がり方がわかってくる内容でしたが、外国語学習をテーマにした新作もやっぱり面白い。
面白いだけでなく、これは海外旅行を禁じられている人にとってはムズムズする本。
ネットを見た情報だけでは伝わらない、誰も書き残さないようなどうでもいいことがたくさん。それも、ひどい目にあったことも含めて手づかみで体験した内容ばかりだ。
たとえば、アフリカで口々に「ムシャシノ!」と指をさされる。
からかわれているのかと思ったら、それは身につけているウエストポーチのことだった。
日本でライブをしたこともある地元の有名バンドが、
「トーキョー、ムシャシノ!」
と叫びながら、日本で買ったウエストポーチを指していて、便利そうで売ってない憧れのアイテム「ムシャシノ」が有名になっていた・・・。
こんな、時代も国も限られた、何の役にも立たない、けど現地に行かないと味わえないエピソードが山ほど詰まっている。
そのひとつひとつが、ネットで浅い情報を見て何かを知った気になるのがばかばかしくなって旅立ちたくなる濃さなのだ。
インドで全財産を失って、ややこしい詐欺を説明するために必死になっていたら、それまでボッタクリの対象から哀れみの対象になり、結果的に英語力向上につながる。その、かっこ悪くて生々しい旅の記憶!
最近部屋を片付けていたら見つかった学生時代のお手製リンガラ語のテキストから放たれる青春の香り。
どちらかというと外出が嫌いで金のかかる旅をしたくない自分でもくすぐられるパワーがある。旅行嫌いだけどガマンしている人にとっては、禁煙中においしくタバコをふかしている人を見るようなものだ。