【読書日記】「三四郎・それから・門」
「それから」を読んだ。
学校で「坊ちゃん」を勧められても読まなかった記憶があるのに、大人になって、自分で読みたいから自分で稼いだ金で文庫本を買って、1日2行しか進まない日もあるけど、少しづつ、自分で読みたいから読むことができた。
読書感想文でもない、作者の考えを読み取るでもない、ただ100年前の人の言葉使いとか、文章が好きだから読んだだけ。
この時代とは人生の長さも、きいてる音楽の速さも違うのに、心地よい会話のリズムが同じなのはなんでだろう、と思いながら。
「それから」は、モラトリアム小説だ!と思ったら解説でいきなり「姦通小説」と書かれていてびっくりした。
親から仕送りを受けてのんびり生きている主人公が、他人の妻を好きになってしまった。それが父にばれて、謝罪して家の面子をとるか、家族から縁を切られても愛を選ぶかを迫られる。
結果、愛を取って外に出て、熱病のように赤いものばかり目に飛び込んできて頭がガンガンするところで終わる。
これからは、仕送りもない、労働して疲れてやさぐれて、大変な生活になる。「それでも自分の選んだ人生だ」ということがいい。
夏目漱石は大昔に教師をやっていたのに、はみ出た人や社会に馴染めない人の側についてくれる。さすが猫派作家のカリスマ。
「門」も読み終えた。
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」と同じ、題名が本文と関係ない小説。
解説によると、お弟子さんにタイトルをつけさせたが、みんなまだ読んでないので困り、本を適当にめくって見つけた言葉「門」をタイトルにしたそうです。
おそらく夏目漱石本人も、朝日新聞に掲載されているのを見て初めて、自分が書いている小説が「門」なのを知った。
長年連れ添った夫婦のやりとりの話で、いっこうに「門」は関係ないが、主人公が終盤で悩んで仏門に入ろうとすると、まるで書く前から計画されていたように「門」が出てくる。
ほかにも、明治時代に銀歯の治療があったこととか、頭の薄い人を「はげ茶瓶」という場面があって「ハゲチャビン」って茶瓶だったのか!…とか、そういうところが記憶に残っている。
漱石作品には和菓子が出てくるけど、門には金玉糖(こんぎょくとう)という、寒天の中に金魚の形をしたものを閉じ込めた風流な菓子が出てくる。
和菓子が出てくると、一旦話が止まって和菓子の描写になる。
オープンワールドのゲームで収集要素のアイテムを見つけたときみたいだ。
kindleで無料の漱石や太宰を読んで、この人たち面白いやん!と思って書店に行く。電子と紙はつながっている。Amazonの古書は昔のそそられない表紙と小さい文字の版が届くから要注意!