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【海外マンガ】「ワイン知らず、マンガ知らず」で、芸能人格付けチェックの向こうへ

「ワイン知らず、マンガ知らず」を読みました。
読む前に驚いたのが、まず、本のでかさ。
成人男性がページに広がるブドウ畑にすっと手のひらを滑らせられる。

あと、3300円する。

えっ、マンガ一冊で?と思われるでしょうが、しっかりした装丁。金かかってます。
本のサイズや、フリーハンドの枠、ゆったりした時間感覚とか、読む前から日本の一般的なマンガと違う価値観のものだ!とわかって嬉しくなる。
南国の仮面とか北欧の家具みたいに、本棚にあるだけで異国感がある。

どんな話かというと、漫画家が、ワイン作り職人と交流するマンガだ。


普段はペンを握るバンドデシネ(フランス式マンガ)作家が、ブドウ剪定のハサミを握る。寒い日のブドウの株に農薬を使わず肥料をまく手伝いをする。樽の作り方を見学する。
そしてできたワインを味見してみると…高級ワインと安物にそこまでの差は感じない。

古くからのワイン作りにこだわる職人にはマンガの山が手渡される。
なんで主人公はこんな格好なんだ?こりゃ読めんぞ?
世界で絶賛された傑作たちへの疑問を、ワイングラスを傾けながら語り合う。

お互いに分からないもの同士。点数のつけようのないもの同士が、プロとしてリスペクトをこめて語り合い、通じるところが見つかりそうで、そうでもなかったり。でも

お互いにうわべだけで褒めず、
「これは何がいいんだ?」
と素直に口にして、言われたほうもどこか嬉しそうに解説する。

そんなやりとりがずっと続く。議論が生活の中に自然にある感じがうらやましい。

日本で高級ワインといえば、僕にとっては「芸能人格付けチェック」だ。


ダウンタウン浜ちゃん司会の「格付けチェック」の中に、銘柄を見ないで高級ワインと安物をあてる問題がある。間違えたら偽セレブとして扱いが悪くなっていく。
この番組がなんで面白いのか。金持ちが高級品の価値がわからなかったときになんで痛快なのか?

ぼくは、高い肉や服をありがたがる一方で、セレブの美術品や美食に、
「あんなもの、本当は価値はない」と言いたくなる卑屈さがある。すました顔で高級ワインを語る人にちょっと偏見があるから、安物を見抜けない姿を痛快に感じてしまう。

だけど、マンガに登場するワイン農家は、大量生産のワインを否定しない。飲みやすいと評価する。そのうえで、苦労して有機栽培にこだわって、どちらも楽しむ。
興味のないマンガもとりあえず読む。
職人だけど閉じたガンコさはない、オープンな人柄だ。

無知な漫画家が高級ワインを口に合わないと言ってしまい、ワインの専門家に言われるまま、シンクに流してしまうシーンが好き。
無知なときにしかできない味わいかたがあるということか? 
その晩、ワイン生産者のほうもアメコミ界で熱狂的に支持されているウォッチメンを完読できずに寝てしまう。

値段の問題じゃない。批評家のつけた☆の数も関係ない。作品ごとに違う味を楽しみ、愛好家同士でコミュニケーションすることも含めて価値がある。「格付け」のあとの時間こそ大事なのだ。

「始めようか」。

「ワイン知らずマンガ知らず」は面白さがわかりづらいのがいい。

旅行エッセイ的な雰囲気もあるし、たいへんだけど自らその仕事を選んだ人の「仕事論」でもある。いろんな要素があるけど、
「マンガは電子書籍を無料一気読みがコスパ良!」
「腹に入ればなんだって同じ」

この感じの価値観をよしとする世界への静かな反論のようでもある。
職人作業は何か見入ってしまう面白さもあるし。
グラスをかたむけ、出版社の紙のこだわりを聞いて、広い風景を眺めて、マンガで旅をしよう。

この本自身が、速攻で読み捨てられるんじゃなくて、議論のもとになって、あわよくば誰かに人生の一部になることを望んでいる。

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南ミツヒロ
読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。