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【読書記録】平場の月

答えは、始めに分かっていた。
それから、ゆっくりと、答え合わせをしていくように進んでいく、二人の時間。

中学時代に同級生だった二人が、それぞれ別々の人生を過ごし、それなりに色々とあり、紆余曲折を経て、地元に帰って、独り身で生活している。

ここは平場だ、と強く感じる。おれら、ひらたい地面でもぞもぞと動くザッツ•庶民。空すら見たり見なかったりの。

親の介護のために地元の印刷会社に就職し、妻とは離婚し、息子たちは独り立ちして、実家で一人暮らしをする青砥。母親は認知症で施設に入所している。
夫と死別したのち、若い恋人のために散財してしまい、一文なしになって、地元へ戻ってパート勤務をする須藤。
須藤は、青砥が中学時代に「コクった」相手だ。
青砥は「念の為」の検査で行った病院で、須藤と再会する。
淡く切ない初恋の思い出が胸をよぎる。
お互いの、その時々の「屈託」を流し合うための「互助会」として二人は
時々交流を持つようになる。
そして、須藤に見つかった、大腸癌。

結末は、始めに分かっている。
結末はわかっていても、青砥の、狂おしいほどに、頭に、目に、胸に焼き付けた、いろんな場面の「須藤」を、一つ一つ丹念に、私も見ていくのだ。

50という年で、何もないアパートの一室で、荷物の積み上げられた実家で、二人は逢い、言葉を重ね、思い出を積み重ねていく。二人の間には10代の思い出もあるが、積み重ねてきた年齢の分だけそれぞれに「事情」や「悔恨」や「過去」がある。

そこにはドラマチックな場面や、ロマンチックな風景、美しい音楽も洗練された言葉の数々もない。
須藤は大腸癌の治療中で、青砥だって加齢臭がする。
居酒屋で使うお金も惜しくて、家で缶チューハイを飲む。
「平場の恋」だ。
慎ましく、でも、それなりに幸せで、確かに、深い愛情が、そこにある。
地元には地元なりの「しがらみ」があって、めんどくさいことも多々ある。
噂話が好きな「元同級生」もいる。

平場中の平場、という言葉がぼんやりと株。ウミちゃんの話を聞いていると、世間話のありさまとでもいうものが迫ってくる感じがした。
須藤も傷ついていたと思う。青砥より深く抉られたはずだ。すると青砥が傷付いたのは、須藤が傷付けられたせいかもしれない。ふたりとも平場の桶に引きずり込まれ、ぬるぬるにまみれてしまった。

面倒なことも多い。あれやこれやと詮索してくる人も多い。そんな中で、二人は胸を張って生きようと、必死に足を踏ん張る。「貝殻ぼね」をくっつけて。

私は縁あって、今地元と離れて生活し、運よく、それなりに金銭的に苦労せず生きている。田舎から見れば、二十も上の夫と生活し、夫の会社を少し手伝いながら生活している私は悠々自適に生活しているように見えるらしい。そんなようなことを言われたこともある。
でも、明日はどうなることか分からない、と思っている。
悲観的ではなく、明日はどうなるか分からない、と。
20年後どうなるか分からない、と。
氷の上を歩いているように思うこともある。
それをいちいちみんなに言うこともないし、できないけれど、
きちんとそう思って、生きよう、と。
そんなわけで、この物語に出てきた「須藤」に少なからず共感を覚えた。
「青砥」と出会って、過ごすことを「僥倖」だとして、「誰にどんなふうに頼るかは自分で決めたい」と言う。そんな女性はかっこいい。「青砥」からすればいじらしく、もどかしいが、そんな「太い」ところを好きになった。
すごいなあ、と思う。
彼女とは境遇が全く違って、私がもしそんな状況になった時、同じように強く生きられる自信は全くないけれど、
ただ、すごいなあ、この精神を心に留めておきたいなあ、とただただ単純に思った。

そんな彼女が「夢みたいなこと」をちょっと想像する姿は、切なく、哀しい。


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朝月広海
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