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わたしの中のコドクとクロ


少し怖い話は好きでしょうか。


【うつ】とは、心のコドクなのだとわたしは思っている。

コドクとはよく知られる呪殺の手段である「蠱毒コドク」のこと。
わたしは元々ミステリやホラー系統の話がすきだった。小説も、ドラマも。現実の中に非現実があって、在るからにはもうそれは現実であって。
そんな「表裏だけど同じ紙」みたいな、「一寸先はホラー」みたいな、そんな感覚になれたのだ。

「蠱毒」はそんな世界の中で知った厭魅えんみすなわち呪いの一種。

毒持ちや牙持ち、大きな個体など、色んな種類のむしをひとつの壺に密閉する。
光の届かない器の中、やがて蟲たちは生き延びるために殺し合って喰らい合う。気付くといちばん強い蟲がひとつだけ残り、ソレが呪物あるいは神霊になる。

例えば。
呪いたい相手に壺ごと送ると、相手は蟲の意味も養い方も知らないものだから、腹をすかせたソレに喰い殺される。けれど、
蠱毒を作った本人も例外ではなく、呪いを遂行した蟲は必ず本人の元に戻ってくるのだそう。
戻ってきた蟲に対価を与えなかったり放ったらかしにしておくと、今度は自身が生み出した呪物に喰われる。

……という有名なアレ。
「呪物」というワードが漫画やアニメの影響で誰もが知り得るものとなった今では、古代中国由来の、当時からひどく危険視されてきた強力な呪いとして知る人も多くなったんじゃないかなと思う。
やり方とかは諸説ある。蟲を乾燥させて粉状にしたり、蟲から毒を搾り取って使うとか。いろいろあるけれどそんな感じの、蟲を使う呪術だ。

わたしはフィクションの作品を見るのがすきだっただけなので、専門的な細かいことまでは知らない。でもすごく身近なところに、というより自身に似たようなモノがあるのだと思い至ったのが【うつ】だった。



ヒトの感情ひとつひとつに大小をつけられるのなら、うつになる人は「ポジティブな気持ち≪ネガティブな気持ち」なわけで、知らないうちにネガティブがたくさんのポジティブを喰らって呑んでしまうんだ。
己という暗い壺の中で。まるで黒という色があらゆる色を取り込んでいくみたいに。

いろんな感情を喰い荒らしてひとつだけデカくなった黒い塊みたいなのが、今度は己という壺を蝕んていくのだ。
だって知らないのだから。この黒いのをどうすればいいかなんて。放っておくとその塊のせいで主人本人が死へと近づいていく。

うつになってから気づく、「わたしはわたしの蠱毒に呪われているのだ」と。

そして、気づいたときには遅いんだ。

心の不調が身体の不調も招いてしまって、もうどうしようもなくなる。典型的なうつのシステム。

もちろん患ってしまう人はほぼほぼ、そんな恐ろしい呪物を作りたい意志はないのだと思うし、しかもその器が自分の体なんてまさか。となるんだと思う。
………のだけれど。

なかなかおかしな話で、うつになる人の中には息絶えることを望んでしまう人がいる。
呼吸すら億劫で、目を閉じて二度と開かなければいいのに。瞼の裏でうごめく黒を感じながら、明日など来なければいいのに、と絶望を繰り返す日々。

これはその人のせいでは決してない。責められるものでもない、解っているのに湧き出てしまう負の黒なのだ。
その気持ちが元となり、いつの日か立派な蠱毒が生まれてしまったなら。
自身を呪い殺す、息絶えさせる。結果的に望みが叶うことになるんだ。

こういう類の話でいうと、自分で作り上げた呪いにより呪詛ずそ返しに遭う、という感じなのだろうか。
……、やっぱりそこまで詳しく掘り下げたいわけではないのでこの辺で。



もし、わたしの【うつ】がそんな感じだとするならば。
今は真っ黒に染まった呪物みたいな感情の塊を、投薬やら何やらで浄化している途中なんだろうか。

長い年月をかけて。
ここまで来たらおそらくは完治しない【うつ】という蠱毒コドクを、少しでもその力が薄まるように。

そしてその長い長い日々にはやっぱり上手くいかない波もあって、小さくなりかけて淀みがきれいになりはじめた部分が、また灰色になって黒くなって。
またちくちくと浄化を進めていく。

うつは、だから厄介なんだ。途方もない。




だけどそもそもの話、個人的な話なんだけれど。

わたしは黒がすきだ。
もともと口下手で上がり症、陽を被った陰のコミュ障だったわたしにとって、「黒は最大の武装色」だった。……覇気の話ではない。

大事な会議、好きじゃない人に会うとき、海外研修先、単身出張で慣れない教育係になったとき。
いろんな職場、様々な場面で黒はわたしを防衛してくれていた。
ほんとうは顔が明るく見える白の服が推奨される、接客販売のロールプレイングコンテストだって、わたしはそのイベントが大嫌いだったから全身黒で武装して臨んだ。

ちなみにその日、大嫌いなコンテストを終わらせた後、別件でエリアマネージャー的な上司を呼び出す羽目になった。
所属していた店舗裏はすごく狭かったから、そこからいちばん近い店舗のバックヤードを借りて上司と話をさせてもらったんだけれど。
その店舗の責任者だったなおさんとまともに顔を合わせたのはこのときが初めてだったと認識している。

ボックスティッシュを片手に過呼吸気味に泣きながら、上司に連れられてきたわたしに、将来夫になるひとはびっくりしたらしい。
それはそう。
話が脱線したけれど、今では思い出すたびにおかしくてふたりで笑っているから不思議なものだ。
……………。



「──あれ、母ちゃん。きょうなんかちがう?」
オールブラックの服に着替えてリビングに入ると、猫は興味津々なまん丸の目で、もふもふのまん丸な顔をこちらに向けて言う。
「うん。ちょっと頑張る日なんだ、今日の母ちゃんは」
大袈裟に言うことでは全く無い用事なんだけれども、現在わたしはそんな「大した事ない用事」すらハードルの高いものに感じるから。
人で混雑する栄えた場所にひとりで行かなければいけなくて、まだ出発前だというのに心臓がうるさい。

白いボックス型の布ケースに薬がたくさん入っていて、紙製の袋をガサガサと擦りながら頓服薬を探し出す。装いは気持ちの護衛、頓服薬は物理的な身体の護衛だ。
最近先発品の自己負担額が変更になったのもあるけれど、わたしが飲んでいた薬は長期間服用し続けることを推奨していないらしく。
2ヶ月ほど前からジェネリックに変えている。効能は同じかもしれないけれど、副作用がまた新しく発生してしまった。

今はまだその副作用に慣れていない。慣れたとしても自分に合う薬を見つけられたとしても、心身の変化に伴ってまた向精神薬は変わるから、ジェネリックに変わった事自体も同じようなものだと肩をすくめている。
きっと今は上手くいかない波のときなんだろう。

「いつも父ちゃんの服ばっか着てるやんか」
「そやね、今日もこの上から着るよ」
「着るんか」
ひとつツッコミを入れるように短く鳴いて、まるはテテテとリビングを出て廊下を歩いていった。
わたしは頓服薬を飲んでから、猫を追うように寝室へ向かう。

夫の服を勝手に着る習慣もちゃんと続いている。
むしろ最近は、「これ、ふたりで着れるんちゃう?」みたいな感じで、シェアを前提としたデザインやサイズを選んでくれるなおさん。
この日のアウターもそのひとつで、クローゼットからメンズのそれを取り出す。わたしが着るとオーバーサイズになるけれど、それがいいんだ。
姿見でチェックをする。アウターもブラックなので、立派な黒尽くめが出来上がっていた。

「流石に怪しいかな」
「あやしいな、こわいで母ちゃん」
「やっぱり?小物でなんとかしよう」
そういうわけで、バッグとアクセサリーと靴で外すことにした。
ゴールドのピアスをつけて、緊張して高鳴る心臓が薬で落ち着きはじめた頃、わたしは息子に見送られながら戸を閉めた。



黒は他の色を喰み、呑み込んでは闇を増やしていく。

だけど違う視点で言えば、黒は「揺るがない色」だったんだ。
それはシックでキリッとした見た目だけでなく、心も強くなったと錯覚させてくれる。錯覚で気休めだけれど、それでよかった。
わたしにとってその武装色は、いつもネガティブな気持ちに寄り添ってくれた大切な色なのだ。

「だからもう、黒いコドクな感情も無くならなくていいよ」
そう思うことにした。

今後もいわゆる浄化作業は続けるとして、その意図は自分の中の蠱毒コドクを、蠱毒ではなくすること。
時間をかけて小さくしていって、他のまた新しく入ってくる多様な感情という蟲たちと、共存させること。

独りにしてしまっては、また身体をも蝕む厄介な呪物になってしまうから。
独りぼっちにさせないこと。


諦めというより、「まあやっぱりそんなものだよね」という感想がある。
誰しもが持っている負の黒が、いろいろあってコドクになってしまったために【うつ】が生まれたわけで。負の黒は悪くない。
初めは、在って当たり前のひとかけらだったのだから。

わかっていたんだ、ネガティブもほんとうは不可欠で大事なものなのだと。

『わたしの中のコドクとクロ』

一気に風が冷たくなった晩秋の道を、黒を連れて歩く。薬のおかげか、心のコドクは大人しくしている感覚だった。
頑張って用事を済ませに行こう。
黒は魔除けの色とも言われるし、最強の武装色なのはきっとこの先も変わらないのだ。

そう思えば、わたしはまた心が少し強くなれたと錯覚をして、頑張って歩ける。



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MIMU
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