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カズオ・イシグロ『充たされざる者』古賀林幸訳、早川書房

この本を入手した人は本の厚さにまずたじろぐ。何しろ939ページあるのだ。厚みを計ったら35ミリあった。長い。そして重い。椅子に座っても寝ころんでも、たいへん読みにくかった。読書は身体的な作業である。

おまけに中身がたいへんだった。訳者の言葉を借りれば、全篇「カフカ的悪夢」の世界だ。まったく知らないで読む人は面食らうだろうが、わたしは幸運にも『わたしたちが孤児だったころ』で多少この経験をしているため、今回も読み始めてすぐに「あ、これは夢だ。あの技法だ」とわかった。しかしその夢がほんとに長い。語り手はピアニストでコンサートホールで演奏するためにこの街に来たのだが、いつまでたっても練習もできず、ホールの下見もできず、ただ絶え間なくこの街の人間に出会い、邪魔され、身の上話を聞かされ、哀願され、叱責され、要は散々にふりまわされる。車に乗り、歩き、電車に乗り、そして絶えず道に迷っている。そしてたどりついた建物の中が迷宮であるのは言うまでもない。

この夢につきあうのはけっこう苦しく、読んでいない時間も自分が別の夢の中にいるような気がしないでもない。早く終わらせようとがんばって読んだ。読み終わって、ただただ嬉しい。

批評家もかなり戸惑ったようだが、こういう技法は『孤児』のように後半で「おかしい」と気づかせるぐらいが小説としては面白いのではないか。今回のように、たまにコント的で吹き出す場面はあるものの、基本的には最初から最後まで同程度に「夢の中」ではどうしても単調になってしまう。そして長すぎる。いや、もう、わたしの結論としてはただひとこと、「長すぎる」です。読書の筋トレをたっぷりしたような気分です。腕の力と読書力を鍛えたい人にお勧めです。




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