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私たち夫婦は幸せでありたい。今も、これからも。幸せになるための家事育児分担①

共働き家庭にとって、家事育児の役割分担は幸せ度合に直結している、と言っても過言ではないのではないか。
少なくともフルタイムで働く妻(=私)にとって、私が思い描く「平等に」家事育児を分担して、「お互いフェアに」ありたい。そして、旦那がそうではない(と少なくとも私が感じる)ことに対して何度となくイライラを募らせ、喧嘩を重ねたことか・・・。

そんな喧嘩を重ねる中で、「お互い、幸せな家庭を築きたいと思っているだけなのに、なんでこんなにすれ違うんだろう」とふと立ち止まって考え、試行錯誤を繰り返し、こんなことをやってみたよ、ということをまとめてみた。共働きで、家事育児の役割分担に悩んでる方の一つの参考になればと思います。


目次

  1. まずはじめにやったこと:そもそも家事って何のこと?(←今日はココ)

  2. 「家族みんなで」幸せになりたい妻と、無欲な夫。(4/25Update!

  3. お互い納得して合意する

  4. 定量的に可視化して振り返る

  5. 今、そしてこれから


大前提として

いろいろなご家庭があると思うので、大前提としてうちの家庭の場合、夫、私の家事へのスタンスはこんな感じだった。
夫:1人暮らしの経験もあり、家事(料理、洗濯、掃除など)、育児を一通り1人でこなすことができる。世の中一般からすると、かなり家事には前向きに手伝ってくれるタイプだが、一方で、家事が滞っていても全く気にならないタイプ。育児も、休日に積極的に公園に連れ出すというよりは、家で自分がのんびりしながら、片目で子供を見ているスタイル。
私:母親がとてもしっかり家事をするタイプだったので、基本的に家はきれいであるべきと思っているが、母親よりは大雑把。育児は、積極的に公園に行くなど、子供が喜ぶ経験をさせてあげたいと思っている。

まずはじめにやったこと:そもそも家事って何のこと?

(1)洗濯物たたみは「家事」?

考え始めて最初に気づいたことは、夫婦で「家事」の定義がそろっていないことだ。基本的に家事が滞っていても全く気にならないタイプの夫は、家が散らかっていても文句は言わない代わりに、手伝ってもくれない(ことが多いと私は感じる)。トイレットペーパーの在庫確認をして買っておくというような、いわゆる名もなき家事についてはたぶん、全く意識していないと思われる。

私「ねえ、家事分担、半々にしたいんだけど、、、」
お互い冷静になれそうなタイミングで、恐る恐る様子を伺いながら聞くと、
夫「うん、いいよ!」
思いのほか単純な返事が快く返ってくるではないか。
よし!と思ったのは本当に束の間、ここから先が長かった、、、、

私「じゃあ、料理は子供のお迎えに行った人がやって、お皿洗いは料理を作らなかった方がやる、ってことにしよう!」
夫「うん、いいよ!」
私(よしよし、いいぞ!)「じゃあ、洗濯物は基本全部、ドラムで乾燥機かけるから、乾燥機終わってるのに気づいた方が、洗濯機から出してたたむ、でいいよね!」
夫「え、ちょっとまって、洗濯物たたみっていらなくない?それは(私が)趣味でやってるんでしょ?」
私「え!」

そうなのだ、大雑把な旦那は、洗濯物たたみ(というか洋服の管理全般)が全くできない。というかしようとしていない。私が長期の出張に行って帰宅すると、洗濯物の文字通りの「山」ができていて、そこからその日に着るものをその日の朝に引っ張りだすスタイルなのだ。

私「え、趣味なわけないじゃん、洗濯物たたみ嫌いだよ!でも山があるのじゃまだし、何より服がぐちゃぐちゃなまま着るの嫌じゃないの?」
夫「ううん、全く気にならない。」
私「え!ってか、そもそも、洗濯物たたみって私ばっかり今までやってたよね!せめて、Tシャツとか靴下を裏返して洗濯機に入れるの、たたむときに手間だからやめてくれない?」
夫「だからたたまなくていいって。Tシャツも靴下も、裏返しのままでいい。そのまま裏返しのまま『くるっ』て着れば、表になるからいいじゃん。」
私「え!」

洋服はきれいにたたまれて、必要なものにはアイロンがかけられて育った私には、夫の考え方が斬新すぎて、売り言葉に買い言葉なんだろう、ただ、やりたくないから屁理屈をこねてるだけなんだろうと思っていた。が、違った。

夫は「本当に」洗濯物たたみが不要だと心から思っていたし、私がわざわざ裏返しになっていたTシャツを、良かれと思ってひっくり返していたのも、特段感謝もしなければ、必要だとも思っていなかったのだ。

(2)「趣味の家事」と「2人でシェアすべき家事」

洗濯ものたたみの件はほんの一例だが、私がやらなければいけない「家事」だと思っていたものの中に、夫にとっては不要だと思われることが多々あった。例えば
・料理をする前に、キッチンは一度、きれいにリセットしておくこと
 (夫:汚れたお皿があっても気にせず、脇で料理をし、そのまま積み上げて溜まってから洗うのでOK)
・お風呂は毎日洗って、毎日新しいお湯を入れた湯船につかること
 (夫:別にシャワーだけでも全く問題なし。お湯が汚れていなければ追い炊きでも全くかまわない)
・夜には床やテーブルの上に物が散らかっていない状態まで整頓すること
 (夫:整頓はした方がいいが、そんなに毎日きっちりしなくてもいい)

このほかにも認識違いは数えられないほどあった。宇宙人と暮らしてたのかと思うほど、「何をやらなければいけないか」の認識の差に、正直、途方に暮れた。

ここからはお互い、妥協点を探ることになる。
というと聞こえはいいが、私にとっては自分がどこまで「やらないことを許容できるか」を試されているようなものだった。じゃないと、私が「趣味」でやっていることとして、勝手に1人でやって、と言われるからだ。

洗濯ものたたみに関しては、広さも広くない我が家に、常に洗濯物の山があり続けるのは、(試してみたが)私にはどうしても耐えられなかった。
料理前のキッチンリセットについては、自分が料理するときはやることにして、旦那が料理をする番の時は目をつぶることにした。
お風呂については、私もたまにシャワーだけの日があってもいいかと思いなおし、寝る前の整理整頓については、お互い気を付けようね、ということになった。

そんな具合に、1つ1つの認識違いを、「やらなくてもOKか?」と問い直しては、お互いの思う「家事リスト」を整理し、整理したらどちらがやるか( or 2人でやるか)をアサインするという地道な積み重ねだった。そして、その道のりの中で、何度も喧嘩をした。笑。

(3)相手が「必要ない」と本気で思っていることを変えることは難しい

洗濯物たたみの件については、特に何度も喧嘩になった。
子供がいるとどうしても洗濯物が多くなるのに、洗濯物たたみはそれなりに時間を取られるにも関わらず、夫が「やらなくていい」というスタンスなので、「私が勝手にやってる趣味の家事」になって、「2人でシェアすべき家事」の中には入らなかったからだ。

でも何度も喧嘩してわかったが、「必要ない」と相手が思っていることを相手に強いることほど、難しいことはない。これが洗濯物たたみだから、私に共感してくれる人は一定数いるかと思うが、例えばこれが、「毎日玄関を拭き掃除する」だったらどうだろう。
もちろん、やってる方がいることは重々承知だが、少なくとも私にとっては「必要ない」家事だし、分担してやろう、と言われたら苦痛で仕方ないだろう。(もしかしたらきれいな玄関に目覚めるかもしれないが。)

(4)相手を変えるより、自分を変える方がはるかに楽。期待しないことも大事。

相手を変えるよりは、自分を変える方がはるかに楽だ。
だから、この答えが正しいのかはわからないが、私の場合、洗濯物たたみは自分の趣味だと思うことにした。
私はきれいな家をキープするのが趣味。
だから洗濯ものたたみをする。
趣味だから、少しくらい滞っていても気になりづらくなったし、夫にもやってほしいという期待は(しぶしぶだが)捨てた。期待をしない分、洗濯物のことで喧嘩をすることはなくなって、お互い精神的にも楽になった。

(5)私たち夫婦は幸せでありたい。それは同じ。

当たり前だが、夫婦としての目標は「幸せな家庭を築くこと」だ。
けっして「家事育児の平等な分担」ではない。
平等な分担を達成できても幸せになれるとは限らないし、今も、そしてこれからも、お互いが「幸せ」だと思える環境をつくること、それを継続してアップデートしていくことが、とても大事だな、と思う。

思いのほか長くなったので、続きは次回の記事に。

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