なりたい大人の女性
フリーターをしていたとき、
バイト先に憧れの女性がいた。
彼女は高校生の息子さんがいるパートさんで
詳しい年齢はわからないけど、40代くらいだろうか。
ワインに詳しくて、仕事ができて、社員さんのいないときはリーダーとしてフロアを任されていた。
大らかで、なのにテキパキしていて仕事ができて、やさしくて、いつも笑顔で、
わたしは当時、パチンコ屋のバイトと掛け持ちしていたのだが
「昨日もう一つのバイト先でドル箱10箱ひっくり返しちゃったんですよ〜」
というバカでくだらない話にも大笑いしてくれる、器の大きな女性だった。
ショートカットで、はつらつとした雰囲気で男前。
なのにベルばらや耽美小説が好き、というギャップも素敵だった。
その彼女があるとき
「こないだ一人で夜景の見えるホテルに泊まって来たの!」
と楽しそうに話し始めたことがある。
「ええー!一人でですか?!」
みんなびっくり、そして興味津々でその話を聞いた。
といってももう10年くらい前の話なので
彼女がどうしてそうしようと思ったのか、
どんな経緯があったのかは忘れてしまったけど
たしか「何もかも忘れて一人でのんびりしたくなって」
というような理由だったと思う。
家の水道が壊れて仕方なくホテルへ行った、
とかそういった理由ではないのは確かだ。
「夜景の見える部屋の大きなベッドで一人で寝たの。それが最高だった!」
と彼女が言ったことはよく覚えていて
わたしはその当時、22歳とかそのくらいの年齢だったけど
『息子さんがいても、家庭のあるお母さんでも
そんな風に一人で過ごしたりするんだなあ。』
と思ったことを覚えてる。
そしてそんな風に一人を満喫して
「最高だった!!」と言ってしまう彼女は
何にも縛られていなくて、自由で、魅力に溢れてキラキラしていた。
驚くと同時に
ああ、やっぱりわたしこの人好きだなあ。
素敵な女性だなあ。と心から思った。
◇
あれから10年。
フリーターだったことも、そんな会話をしたことも、しばらく忘れかけていた。
それなのにどうして突然思い出したのかというと
わたしはこの夏、結構頑張って働いたので
自分へのご褒美に何かしたいな。と思ったのがきっかけである。
ご褒美に何かしちゃおうかな。
一人でゆっくりお茶したいな。
アフタヌーンティーでも行ってしまおうかしら…
うーん、でも一人でアフタヌーンティーって周りは変な目で見るかなあ。(自意識)
いっそのこと、アフタヌーンティーどころかリッチな夜景の見えるホテルにでも泊まってしまおうかしら…
なんて考えているときに
ふと、彼女のことを思い出した。
そういえば昔バイトしていたとき、憧れのあの人がそんなこと言ってたっけ…と。
【一人でいる】ということを気にする人は結構多いと思う。
一人でいるのは寂しい、とか
一人でいるところを見られたくない、とか恥ずかしい、とか
あの人、一人で来たの?とか。
わたしは一人でいることが好きだし、一人旅もよく行くので
あんまりそっち側の意見に賛同できないし
一人を楽しめる自分でいたいと思っているけど
それでも一人でホテルのアフタヌーンティーとか、
夜景の見えるレストランで一人コース料理、とかはなかなかレベルが高い…と感じてしまう。
でもふと、彼女だったら…と想像してみる。
想像の中の彼女は一人でアフタヌーンティーを楽しんでる。
本を読みながらマカロンをつまみ、珈琲を飲んで、椅子の背もたれにゆったりと腰かけている。
とてもリラックスしているのに、
それでいて凛とした空気を纏っていて、
寂しさなんて纏ってない、感じさせない
品と余裕のある、大人の女性。
その様子は、周りの目なんて気にしてるこちらが恥ずかしくなるくらい優雅で美しい。
ああ…いいなあ。
そんな大人の女性になりたい。
そう思った。
いま思い返すと、あのバイト先には素敵な女性がたくさんいた。
わたしが入っていたのがお昼のシフトだったこともあり、お子さんのいるパートさんが多かったのだが、みんなで他愛のない話をしてはよく笑った。
わたしは22歳のフリーターで、彼女たちはずっと年上のお姉さんだったと思うが、話が合わないと思ったことはなく
最近読んだ本や行った旅先の話でよく盛り上がった。
あのときあの瞬間に、それぞれの肩書き、
たとえば学生とかフリーターとか、パートとかママさんだとか
そんなのはまったく関係なくて、あのバイト先ではみんなが対等で、フラットだった。
いまわたしは、仕事のこととか子どもがいないこととか、
いろんなことを気にしながら生きているけど
あのバイト先のことを思い出すと、いま気にしていることがアホらしくなるくらい楽しかったし、
そしてその楽しい時間を作ってくれたのは
いまの自分とはまったく違う生き方の
お子さんのいる、パートさんたちだった。
「一人旅いいね。次はどこ行くの?」
「その服いいね!かわいい!」
そんな風にいつも同じ目線で、やさしく話しかけてくれて
年齢も肩書きも異なるわたしを尊重してくれていた。
そして彼女たちは
結婚しようがお母さんになろうが、仕事を辞めてパートさんになろうが
自分が自分でいることを大切にしている人たちだった。
一人でいるときも楽しみ、
みんなでいるときも楽しんで
よく笑う彼女たち。
わたしもあんな風に年を重ねていきたいと思う。
憧れの彼女たちを思い出すと
一人でアフタヌーンティー、
一人で夜景の見えるホテル宿泊、というのが
全然恥ずかしくなくなった。
きっと彼女たちなら、寂しそうに背中を丸めて食べたりなんかしないし、恥ずかしそうに周りをキョロキョロ見渡したりなんかしない。
自分の時間を大切に、優雅に、それでいて凛とした空気を纏って一人の時間を過ごすだろう。
そんな大人の女性に、わたしもなりたい。
「何もかも忘れて一人でのんびりしたくなって」
そう言って家をでて
一人でアフタヌーンティーをする。
ホテルの部屋から夜景を見る。
ワインなんて燻らせるのは、さすがにやりすぎだろうか。
でもいいよね。
わたし、この夏は頑張ったもの。
少しくらいかっこつけてみたい。
自分で思いついた計画にわくわくする帰り道。
大人になるのって、年を重ねるのって
思ってたよりずっとずっと楽しいことなのかもしれないね。
そう思うだけで足取りが軽くなる。
大丈夫。
あなたはきっと、なりたい大人に近づいてるよ。
明日もまた頑張ろうね。
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