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美しき経年変化。

物質も人の中に在る思い出も
時間とともにセピア色へと色褪せて
モノクロとは違う優しさを抱いていきます。

記憶が新しいうちは色鮮やかなものだったのに
時が経つにつれて変化をしていくものです。

渋みを増していき
けっして綺麗というだけではない
味わい深いものに進化していきます。

年月が美しさにつながっていく


生まれたばかりの赤ちゃんは
生命力に溢れて、キラキラと逞しくて
何にも穢されていない美しさがあります。

たとえば
新築の建造物も同じようにいえますね。

形あるものというのは
新しいというだけで
それはそれは綺麗なものです。

でも、古くからあるお寺や神社はどうでしょう。
それはそれで美しさを感じますよね。

一朝一夕では成り立たない美しさで
その佇まいを見て息を呑むほどです。

それらの場所は
適材適所に自然素材を使っている建物で
且つ、一定の時が来ると
残すべき所は残し、醸成して
直す所は最新技術を駆使しつつも
昔からの技を継承されてきた大工さん達が
丁寧に直します。

長い年月を経ても美しいと感じられるのは
真新しさの美しさではなく
〝侘び寂び〟を
大切にしているからなのでしょう。

青春を共にした人達との時間


実は、もう何日かしたら
1年に1度は集まるようにしている
高校時代の野球部同期会の予定があります。

彼らとの
くだらないことで笑いあった日々や
肘の内側で塩を生成する程に汗かいた日々を
思い出す度に
セピア色を味わう自分がいます。

年に一度
鮮やかなだけではないセピア色の記憶を
口の中で転がしているような感覚です(笑)

非常に美しく形容するならば
それもまた『侘び寂び』のようだといえます。

侘びとは
質素なものにこそ趣があると感じる心のこと。
寂びとは
時間の経過によって表れる美しさのこと。

特別なことではない毎日だったけど
時が経つ程に
あの日々が美しく感じられる気がするんです。

眩しい朝日と輝いた夕日
夜に光るナイターの照明
あらゆるセピア色の記憶が
どこかに美しさを感じるような情景として
思い浮かびます。

今の私が目にしている光が
暗いわけではありません⸜(*˙꒳˙*)⸝⟡.·*.
違う味がするというだけなのです。

おわりに


生きるってことは
美しい事ばかりではなく
バランスとしては
むしろ辛い事が多いような気がします。

そんな中で
どれだけ楽しめるか
楽しさを見つけられるか
試されているみたいです。

大切にとっておきたい思い出だったり
現在の自分を構成するほどの
大切な一瞬たちがセピア色になって
私の中に留まり続けているのかな。

セピアの和名って
『烏賊の墨色』なんですって(笑)
私は『夕方の色』って呼びたいなぁ(  ˊ꒳ˋ ) ᐝ

とある思い出を美しいと味わえるのなら
その思い出は錆びた劣化ではなく
美しい変化を遂げたといえるのかな、なんて。

これから先も自分の中に
美しき経年変化を重ねていけたらいいなと
思った週末でした。

とりあえず野球部同期会では
お互いの健康状態を確認してきます(笑)

最後までお読みいただきありがとうございます。
ではまたね。

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