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大寒波の夜に

「寒波だ寒波だ」と騒がれていても、心のどこかでは「どうせ今回も大したことないんだろ」と思っていた。
そのくせ寒い思いをするのは嫌で、できる限りの厚着で外に出たはいいものの、昼間の日差しは暖かいどころか着込んだ身には少し暑さすら感じ「ほれみたことか」とマフラーを外した。

天気予報はいつだってそうだ。「〇〇年に一度」とまるでボジョレーヌーボのように来る気候現象を煽っては、いざ蓋を開けてみれば大したことはない。
「万が一のため」とは分かっていても、いつもより強めに設定されている電車の暖房のせいで湧き出る汗には苛立ちを隠せない。

しかし夜になってまた外に出ると、強い風が打ち付けてきて「ああ、これはたしかに非道く寒いな」と思った。
ただの風でなく、冷気をまとった強風が髪をさらう。ズボンが薄くて、ポケットに突っ込んだ手も一向に温まる気配がない。
耳が痛くなるほどの凍りそうな冷風はまるで冷凍庫の中から出てきたかのようで、風除けのない踏み切りを渡ると一気に僕をアイスクリームにしようとする。

「なるほど、今回は本当だったのか」と狼少年を見るかのような目で天気予報を確かめる。明日の最高気温を見てまた絶望した。
マフラーに深く顔を埋めて、元々良くない姿勢が更に悪くなる。某有名ブランドに似せた、値段は10分の1にもみたないこの偽物のコートではこの寒さは凌げない。

電車に乗ったら一気に眠気がきた。窓が開いていて、外と気温はそこまで変わらないのに、人が沢山いるせいか体感温度は少し高い。
こんな日は熱燗の一杯でも飲んでしまいたいと思ったりする。
そういえばあまり一人で飲まなくなった。一人暮らしをしていた頃や、友達と住んでいた頃は嫌になる程アルコールとともに生活をしていたのに、どうやら自分はそこまで酒が好きではないのだとようやく気づいた。

元々、そんなに酒に強い方ではなくて、心地よい具合の時間は長くは続かず、頭痛がしては気分が悪くなっていた。
それをどうにか克服しようと毎日のように杯を煽っていたが、今思えばそれはまあまあ無駄なことだった。
吐くほど飲む日々はもういつの間にか遠くなって、それでもいいかと思えるほどには歳をとってしまった。

雪の夜の寒さが静けさと共にあるなら、今日の夜の寒さは都会の喧騒よりも煩く、大寒波の夜は安物のコートと共に更けていく。
こんなことすら克服できてないのに何がエコだ環境だ、と文句を言ってみる。母なる地球は強大で、長い歴史の中ではほんの一瞬にも満たないこの夜も確かに存在している。

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