天才と凡才【第三話】
【第一話~第二話までのストーリー】
【第一~二、四話のリンク先】
第一話はこちら
第二話はこちら
第四話はこちら
【第三話】
不思議な力
唄子が道端でペンダントを拾ってから、不思議な出来事が立て続けに起こる。心で唱えた願いが、何でも叶うようになったのだ。
唄子が「ケーキが食べたい」とお願いすれば、テーブルの上には生クリームたっぷりのケーキが登場する。ある時には、唄子がピアノを流暢に奏でる友人を羨ましいと思った途端、母が突然ピアノを購入するなんてこともあった。
ピアノに両手を添えると、たちまち指がすらすらと動いた。もちろん、ピアノの練習などしたこともない。母は唄子の姿を見るなり「この子は、神童だ」と、涙した。
唄子がピアノに触れると、母が喜んでくれる。褒めてくれる。勝手に、美しいメロディーが部屋いっぱいに流れ、優雅な気分になる。ピアノを奏でる時間は、唄子にとって至福の時間だ。
妹の沙莉は、ピアノを奏でる唄子を、いつも羨ましそうに眺めていた。それでも、母が沙莉にピアノを習わせることはなかった。その理由は、沙莉の発育が人より少し遅かったからなのかもしれないと、唄子は思う。
沙莉と唄子は、同じ時間同じ日に生まれた双子だ。妹の沙莉は、未熟児として生まれた。
未熟児だった沙莉は、生まれた頃は1,500しかなかったので、しばらくの間NICU(※新生児のための集中治療室のこと)で過ごしていた。
1年後、沙莉は検診に引っ掛かり、大学病院でMRIを受けた。診断では、脳が通常の子より小さいことがわかり、それが原因で発育が他の子より遅延する恐れがあるとのこと。診断結果を聞くなり、母はその場でショックのあまり、泣き崩れた。
その後、母は沙莉のために幾多もの医療機関を回り続けた。しかし、どこに行っても「前例がないので、サポートが難しい」と、送り返されるばかり。
母はすっかり途方に暮れ、双子の赤ん坊を抱えながら、毎日涙していた。
ある日、いつものように沙莉の診察を終え、暗い表情でトボトボと母が歩いていたところ、黒ずくめの服を着た女性から「どうしましたか?何か悩みがあれば、聞きますよ」と、声をかけられた。
女性の隣には、5歳くらいの女の子が佇んでいた。女の子は、蝋人形のように覇気がない。まるで、死んでるみたい。正気の宿っていない女の子にジロリと見られ、唄子は後退りする。
女性と女の子は、新興宗教の勧誘活動をしている親子だった。まんまと宗教の勧誘に捕まった母は、そのままズルズルと入信してしまう。
神の子
母が宗教に入信すると、唄子と沙莉も一緒に、教団が集う会に顔を出すようになる。
「あの人が、これからあなた達にとって、大切な人になるから。彼に向かって、祈りを捧げなさい」
母は、その場にいる初老の男性を指さし、唄子と沙莉に伝えた。
男はふくよかで、髪には埃やフケのようなものがこびりつき、そばに寄ると異臭がした。おそらく、何日もお風呂に入っていないのだろう。
身なりの小汚い男性で、とてもじゃないが素晴らしいパワーが宿っているようには感じられない。彼は、自分を「私は、教祖である」と名乗った。
唄子が3歳になると、教祖からある日突然指をさされ「君は、神の子だ」と言われた。唄子は目を丸くして、その場にぼうぜんと立ち尽くす。
後から知った話によると、それまで「神の子」と呼ばれた女の子が、数日前に亡くなったのが理由らしい。どうやら学校の帰り道に、女の子めがけて、トラックが猛スピードで歩道に突入したらしいのである。
運転手は居眠り運転で現行犯逮捕、女の子は即死だったそうだ。そして亡くなった女の子は、母を勧誘した女の娘だった。
女の子の母親は、「私たちをサタンからの攻撃から守るために、あの子は身代わりになって死んでくれたのね……」と言って、嗚咽を交えた。
周りの信者達は、みな口々にありがたい、神の子のお陰で救われただのと呟いた。つくづく狂った人たちだなと、唄子は思った。
その日から、唄子は教団の中で「神の子」として崇められた。教祖に「神の子」と呼ばれるようになった唄子は、儀式の際には中心に立たされた。そして無数の大人たちが、唄子に向かって祈りを捧げるのだ。
彼らはみな、目に生気が宿っておらず、生きているのに死んでいるみたいだった。教祖は、唄子の体に触れると、穢れから解放されると彼らに教え続けた。
儀式のために、唄子は幼少期から、見知らぬ無数の大人たちに、腕をベタベタと触られ続けることとなる。
唄子に触れた信者たちは、みな「ありがたい……」と声を震わせ、揃って涙を浮かべている。
「早く終わって。早く終わって。早く終わって」
儀式の間、唄子は心の中でずっと、呪文のようにそう呟き続けた。
儀式が終わって集会から戻ると、いつも父が「おかえり」と、優しく姉妹を迎えてくれた。
父はいつも穏やかで、沙莉と唄子を平等に愛し、抱きかかえた。家に戻ると、無条件で優しく包み込んでくれる父のことが、唄子はとても好きだった。
唄子ら姉妹には、とても優しかった父。そんな父は、母に対し、いつも怒ってばかりいた。
「一体、君はどれだけお布施金に使ったのか……!ボーナスだって、あっという間に底をついたじゃないか。教団にお金を渡しすぎじゃないのか?」
「あなたは、沙莉が心配じゃないの?神を信じることで、沙莉はもしかしたら救われるかもしれないのよ……」
「君は働いてないから、お金の価値がわからないんだよ。だから、そうやって無駄なことにばかりお金を使ってしまうんだ」
「無駄なこと?神に祈りを捧げば、沙莉は話せるようになるかもしれないのよ?」
お互いに噛み合わない口論が、連日のように延々と続く。リビングから母の罵声が聞こえる度に、唄子はそっと両耳を塞ぐ。
沙莉は、呑気に隣で「あー、あー」と言いながら、屈託なく笑ったままだ。沙莉はまだ言葉を話せず、親の喧嘩も理解できていない。何も理解しないまま、ケラケラと笑う沙莉が、唄子はただ羨ましかった。
母が入信してしばらくしたのち、父は母の信仰に対し、文句を言わなくなった。おそらく、何をいっても耳を貸さない母に対し、すっかり疲れたのではないだろうか。両親は夫婦喧嘩こそしなくなったものの、話す様子も見かけなくなった。
母が脱退すれば、また元の父と母に戻るかもしれない。そう思った唄子は、ペンダントに「母を、あの宗教から脱会させてください」と、お願いする。
すると母は翌日、教団を脱会した。ペンダントの凄まじい効力に、唄子は目を開いて驚く。
母が教団を脱会した数日後、教祖が変死したニュースが流れる。ニュースによると、教祖の腕、足はぐるっと捻った状態だったらしい。警察は、事件性がないか調べているそうだ。
ニュースを見るなり、唄子は恐る恐るペンダントに目をやる。胸元に光るペンダントは、ギラリと鈍くて怪しい光を放つ。震える手で、唄子はペンダントをギュッと握った。
母と沙莉
母が心配するのは、いつも沙莉のことばかりだ。母は、唄子に「あなたがいっぱい稼いで、沙莉のことを助けてあげて」と言い、そっと手を握る。そんな時の母の手は、いつも細くて、とても冷たい。
唄子がピアノの天才少女として「神童」とメディアから持て囃された時も、母は決まってこう言った。
「唄子がピアニストになって、売れっ子になれれば、沙莉の面倒も見れるわね」
正直、妹のせいで自分の人生が犠牲にされるだなんて、まっぴら御免だ。私は自分の人生を、自分のために全うしたいのに。なぜ、どうして妹のために、生きなければならないのか……。
母から頼られるのに対し、妹の沙莉からはいつも「お姉ちゃんはズルい」とばかり言われる。もとはといえば、沙莉のせいで、母は宗教に入信したというのに。それなのに……。
それに私は、教団の犠牲になって、大人たちに腕を触られた。本当に気持ち悪かったんだから。なのにあなたときたら。
唄子は、自分の中に湧き上がる黒い感情を、とっさに飲み込む。それから、優しい口調で、沙莉に「私はズルくないし、あなただって母に愛されているよ」と伝えた。
すると、沙莉は首を横に振った。沙莉の話によると、なんでも生まれてこの方、母から「可愛い」と言ってもらえたことが一度もないらしい。いつも母が可愛いというのは、唄子お姉ちゃんだけなのだと。だから、ズルいのだと。
母が沙莉のことを人一倍大切にし、心配していたことを、唄子は理解していた。でも沙莉は、わかりやすく言葉で伝えてもらえないと、理解できないのだ。
母が言葉で伝えないからといって、母は決して沙莉を愛していなかった訳ではない。本当は彼女のことが心配でたまらないし、愛しているけど、それを声に出せなかっただけである。
いやむしろ、心配で、大切な存在だったからこそ、素直に伝えられなかったのだ。
作家になりたい
妹の沙莉は、小学生のうちは支援学級に通っていた。やがて診察の過程で良好と医師から伝えられ、中学の頃には通常学級へと進学できるようになった。
母がこっそり涙を流し、「よかった、本当によかった……」と、何度も喜んでいた姿が、今でも唄子の脳裏に焼き付いている。
幼少期は発達の関係で、ろくに言葉を話せなかった沙莉。その頃には、流暢に言葉を話せるようになっていた。
あれは、沙莉が中学に進学してから数か月経った頃だっただろうか。ある日突然、沙莉は突発的に「作家になりたい」と言い出した。唄子は、ぱちくりと瞬きをする。
そもそも沙莉は、小説なんて書けるのだろうか。読み書きができるようになるのに、かなりの時間を要したくらいだというのに。なんてまぁ、突拍子のないことを言うもんだと、唄子は目を丸くした。
どうやら沙莉に詳しく話を聞いたところ、作家の濱崎ユカの本に感化されて、急に作家を目指そうと思ったらしい。
沙莉はいつも、「1か100」の発想しかできず、昔から突発的な発言をしては、周囲を驚かせた。
唄子は思う。本当は、沙莉自身、別に作家になるつもりなんて、さらさらなかったのではないか、と。本音は、憧れの濱崎ユカに、ただ会いたかっただけなのではないかしら。
そこで唄子は、あることを閃く。自分が作家になれば、沙莉の憧れている作家と会うチャンスに恵まれる可能性があるのではないかと。
自分が有名になり、その作家に会わせてあげれば、沙莉もきっと泣いて喜ぶことだろう、と。唄子は、ペンダントに「作家になって、沙莉の役に立ちたい」と願いをかけた。
でも、作家になるにはどうすればいいのだろう。インターネットで調べたところ、作家になるには公募に作品を応募して、入選する必要があるらしい。
作家になりたいと願ったら、才能が突然降りてこないだろうか。唄子は、都合のいいことを考えながら、そっとペンダントを眺める。
その日、唄子は夢を見た。広々とした海と、斜面に張り付くように散りばめられた小さい街の数々。白い建物と、鮮やかなコバルトブルーの屋根が点在する街並みは、どこを切り取っても絵画のように美しい。
あの景色を、映画で昔みたことがある。イタリアのアマルフィだ。アマルフィの美しい街並みにうっとりしていると、ぱしゃっと音が鳴り、画面が切り替わる。
大きな湾の中心に、お城のような建物が幻影のようにくっきりと浮かび上がる。潮の香りがする。ここも、確か大学の教科書で見覚えがある。フランスの世界遺産、モン・サン・ミッシェル湾だ。
海外の景色なんて、教科書やドラマの中でしかみたことがない。思い起こせば、沙莉の心配と面倒ばかりで、視野が狭くなっていたのかもしれない。世の中には、まだ見たことのない美しい景色が、いっぱいあるのだろう。
もっともっと、いろんな景色が見てみたい。どうかもっと美しい景色を、私に見せて。そう唄子が強く願うと、突然パシャンと音がなり画面が真っ暗になった。
ふと目を開けると、時計の針は7を指している。重たい瞼を擦りながら、むくりと起き上がる。
夢で見た景色、どれも綺麗だった。一度でいいから、海外にいつか行ってみたいな。そうだ。海外に出向いた経験を、小説にするのも面白そう。でも、そんなお金は私には用意できないし。髪をくしゃくしゃとかきあげながら、洗面台へと向かう。
私ときたら、何寝ぼけたことを。流石にペンダントがあっても、海外行きを叶えるのは無理だろう。まず顔を洗って、気持ちを切り替えなきゃ。
その直後、唄子の家にある事件が起きる。唄子の父が、突然死亡したのだ。
父の死体は、足と腕がぐるっと一回ねじれた状態で、とても人間の体とは思えなかった。
「お、お父さん……。どうして……」
白目をひん剥いて倒れる父の姿を見て、唄子は恐怖でガクガクと震える。医師からは、心臓発作と診断された。本当に、あれは心臓発作だったのだろうか。とてもじゃないけど、普通の死に方ではないと、唄子は思う。
唄子がペンダントに目をやると、キラリと怪しい光を放つ。唄子は恐怖のあまり、ぞっとした。
父の日から数日後、唄子は「どこか遠くへ行きたい」と、ぼんやり母に伝える。
「あなたは才能があるから、海外留学に挑戦してみたら?ちょうど、お父さんの死亡保険がたんまり入ったことだし」
スッキリとした母の表情を見て、唄子は身震いがした。そういえば、口煩い父のこと、母はあまりよく思っていなかったっけ。
母が入信した頃から、母は父より教祖に魂を捧げていたし。宗教を反対する父のことを母は疎ましく思っていたはず。あの洗脳は、もしかしたらまだ解けていないのかもしれない。
父の死亡保険は、唄子の海外留学費用に充てられた。あの日、夢で見た海外の美しい街並みを、もしかしたら本当に見ることができるのかもしれない。でも、自分だけいい思いをして、いいのだろうか。
唄子は「そんなお金は受け取れない」と母に伝えた。ところが、母は「あなたに期待しているから」と言って、肩をポンと叩く。
母の期待を裏切れず、唄子は留学した。ところが、留学先でも父の死を頻繁に思い出し、勉強が一向に進まない。結局、唄子は逃げるように学校を退学した。
その後も、唄子は日本に戻るのが怖くなり、世界各地を渡り歩き始める。あの日夢で見た、イタリアのアマルフィ。フランス西海岸に聳える、モン・サン・ミッシェル。
荘厳な街や建物の佇まいを目の前にすると、あまりの美しさと迫力に、言葉を失う。今まで気にしていたことも、家族とのしがらみも。何もかも全部全部、忘れてしまいそうだ。
もう、日本に戻りたくない。戻ると「父の死」を思い出す気がする。沙莉の面倒を母からお願いされるのも、真平ごめんだ。日本に戻れば、沙莉の見張りや面倒を、ずっと見続けなければならないし。
海外なら、何のしがらみもなく、自由に生きられる。美しい海を眺めていると、魂ごと吸い込まれてしまいそう。何もかも、全部放り投げて、この地で暮らしたい。
海に向かって、唄子は大きく両手を広げ、うんと背伸びをする。磯のほのかな香りが心地よい。唄子の長い髪が、海風でそよそよと波打つ。
唄子は、英語が話せない。だが、不思議とその国に行けば、自然とその国の言葉を話すことができた。ペンダントのお陰かもしれない。言葉に苦労しなかったので、海外の暮らしで大きく困ることはなかった。
海外での暮らしは、それなりに楽しい。ただ、どの国にいっても虚無感や、寂しさがつきまとう。
唄子が街を歩けば、色んな男性から声をかけられた。男性の誘いを受けると、勝手に自分の口からすらすらと言葉が浮かぶ。
すぐに恋人ができたが、どの相手にも、本気で好意を抱くことはなかった。恋人から体を触られても、何も感じられない。
唄子は、幼少期に受けた教団からのトラウマで、感覚がすでに麻痺していたのだ。
多くの人と交際を繰り返しても、結局誰のことも好きになれない……。虚しさで、胸がいっぱいになる。もちろん、誰とも関係は長続きしなかった。
唄子が日本に戻ると、勝手にパソコンが起動し、両手が勝手にカタカタと動き出す。みるみるうちに、ある一つの小説が完成した。
その小説を文学賞に応募したのも、唄子自身ではない。手が勝手に動き、勝手に応募されていたためだ。小説は、見事文学賞に選ばれ、唄子の人生は一変した。受賞後も、唄子は幾度となくさまざまな作品を世に送り出す。
もちろん、これまでの作品は唄子ではなく、すべて勝手に体が動いて作られたものばかり。唄子が自分の頭で考え、作ったものなんて何一つない。
ある日、唄子は売れっ子作家としてインタビューを受けた。
「小説には、世界の出来事や、文化について細かく書かれています。やはり、海外での経験から培われたものでしょうか?」
インタビューの取材を受けた瞬間、唄子はハッとする。唄子はこれまで、世界を旅している時、世界での様子をインスタに紹介していた。この作業も、すべて、腕が勝手に動いたからに他ならない。
当時は、「なぜ、こんなことをしなければならないのか……」とも思っていたが、インタビューを受けた瞬間腑に落ちた。
実際に世界を旅して、その都度SNSで写真をあげておけば、いざインタビューを受けた時にも「海外で得た価値観が、作品に反映されています」と答えられるからではないか、と。
このペンダントは、受賞後のことまで心配して、動いてくれたのだろうか。
インタビューを終えた後、唄子は「ありがとう」と囁きながら、そっとペンダントを撫で撫でした。
一年後、妹の沙莉が同じ文学賞に受賞する。妹の受賞を知るなり、唄子は不信感を覚える。
あのろくに読み書きもできなかった妹が、小説を書いて応募なんて、絶対に出来る訳がないだろう。きっと、何か裏があるはず。
授賞式には、唄子も過去の受賞者として呼ばれた。沙莉の胸元に目をやると、見慣れたペンダントがあるのに気づく。
ペンダントが姉に見つかった瞬間、彼女は「まずい」と思ったのか、片手でサッと隠す素振りを見せた。
唄子は、目をゴシゴシと擦る。あれは見間違いだったのか。いや、絶対に自分と同じペンダントのはず。沙莉は、おそらく自分と同じ「願いが叶うペンダント」を手にして、文学賞を受賞したのだろう。
劣等感
授賞式から数か月後、沙莉の本は爆発的に売れ、ベストセラーとなった。
なんで、沙莉の本が、自分より売れるのだろうか。沙莉より面白い経験だって積んでいるし、たくさん恋もしている。私の方が、絶対に面白いはず。
彼女の作品が私より売れるなんて、絶対におかしい。悔しさのあまり、唄子はペンをギュッと握りしめる。
唄子は、X(旧Twitter)のタイムラインを眺めながら、沙莉の本についてネガティブな感想を探し始めた。沙莉の本が、私より売れるのはおかしい。いくらペンダントのお陰とはいえ、同じ条件なら私の方が絶対にいい作品が書けるはず。
きっと、ネットの片隅には、悪い評判だって落ちているはずだ。自分の受賞時だって、アンチは少なからずいた。沙莉にも、アンチの1人や2人はいるだろう。
タイムラインを眺めるなり、唄子の手が止まる。隅から隅まで探しても、沙莉のアンチコメントはひとつも見つけられなかったからだ。
唄子は、ふと自分が受賞した頃を振り返る。思い起こせば、自分の受賞時は、作品への感想よりも、容姿に対する感想や、海外暮らしをしていた頃の「憧れ」的な意見が目立った。その分、キラキラした投稿へのアンチコメントも相次いだはず。
沙莉の作品は、読者が内容について評価し、感想を述べている。表面的な感想ではなく、隅からしっかり本を読まれている印象だ。
唄子は、悔しさのあまり、ギリギリと歯ぎしりをし始める。もしかしたら沙莉は、容姿が地味な分、作品を讃える声で溢れかえっているのかもしれない。きっとそうだ。私の方が綺麗だから、作品よりも私そのものが目立ってしまっただけ。そうよね。
でもやっぱり、作品をきちんと評価してほしい。どうして私には、作品の感想がもらえないの?魂をペンダントに託して、海外での出会いや経験を、思い切り作品にぶつけたはずなのに。
唄子は悔しさのあまり「クソっ!」と言い放ち、思い切りスマートフォンを床に叩きつける。
自分より不出来な妹に、ここにきて、まさか劣等感を抱くなんて。絶対、絶対に嫌……。沙莉さえいなければ。あの女、私の前から消えてくれないかしら。
唄子がそう願った瞬間、ペンダントのミラーがピキッと音を立てて割れた。部屋の電気がぱたりと消え、辺りが真っ暗になる。
「えっ、どういうこと……?」
ふと唄子が足元を見ると、太腿に無数の人々の手が連なっている。恐怖のあまり「ひぃ」と叫ぶと、ペンダントが宙に浮かび上がり、突然語りはじめた。
「あなたが道で拾ったのは、これまで多くの人々の願いを叶えてきたミラーペンダントです。
人は願いが叶うようになると、欲深くなる生き物。物事が上手くいかないと、邪魔する人間を排除しようとする人物が現れます」
ペンダントの声は、べったりと重い低い女の声だった。その声からは、さまざまな人の怨念が混ざっているようにも感じ、唄子は恐怖で身震いした。震え上がる唄子に対し、ペンダントはさらに重たい声で話を続けた。
「人間は邪しまな心があるからこそ、人は争い、世界では戦争が起こります。そして地位の高い人間は、自分が有利になるようにしか動きません。
それでは、多くの人たちは報われないのです。世界の人たちが幸せになるには、隣の人の笑顔を皆んなが願い、行動することが大切ですから。
だからこそ、私は『自分の利益』しか考えない人間や、『人の不幸を願う』ものには、それ以上のしっぺ返しとして、願いが叶わなかった人々の呪いを送り返しているのです。
それは、みんなが人に幸せを与えられるような、平和な世の中を作りたいからです。
しかし、残念ながらこのペンダントを身につけて、最後まで人の幸せを願い続けた人はいません。あなたも、その1人です」
そういって、ペンダントは唄子の方を向く。ペンダントトップの「ミラー」には、唄子の歪んだ容姿が映っていた。
唄子は自分の顔を見て「ひぃ」と声を上げる。ペンダントは、さらに淡々とした口調で、話を続けた。
「あなたは妹さんのことを、ずっと見下し続けてきましたよね。
能力に違いがあるなら、その分あなたがサポートしてあげればいいのではないでしょうか。
能力のある人間は、自分より弱っている人や、困っている人に手を差し伸べるのが世の常です。
あなたの妹さんは、サポートが必要な人でした。だから私は、あなたの前に現れたというのに……。それなのに、あなたときたら……」
唄子は、ふと我が身を振り返る。思い起こせば、心のどこかで自分は、妹を見下してきたのかもしれない。妹よりちょっとできる自分に優越感を感じて、楽しんでいたのだろう。今思えば、なんて愚かなのか……。
頭を抱えて落ち込む唄子に対し、諭すような声でペンダントは話を続ける。
「それでも……。時にはあなたも、妹さんのために何とかしようとする姿も見受けられました。だから、少し様子を見ようと思っていたのです。
でも結局、妹さんの立場が上になると、あなたはそれを認めようとはしなかった。つまりあなたは、自分が1番大事だったのです。だから、妹さんのことを認められなかった。
唄子さん。私があなたに、海外行きを指南した理由、わかります?」
ペンダントの声は、のったりと暗くて重い。不気味な声色に、唄子は恐怖で足がすくんだ。
「どうしてですか……?」
恐る恐る唄子が言うと、ペンダントはこう答えた。
「それはあなたが、私に頼ってばかりだからですよ。私のパワーを頼りにしてばかりで、自分の力でなんの努力もしようとしない。
だから、私は思ったんです。あなたが、何も頼る者がいない土地に出向けば、何かが変わるのではないかと。
ただ一つ、これは私の間違いですが。海外に行かせても、結局私はあなたを助けてしまった。その点に関しては、とても後悔しています」
「何で、助けたんですか。なら、助けなきゃよかったじゃないですか」
唄子は、声を荒げた。誰も助けてなんてお願いしていないし、あなたが勝手に助けただけでしょう。なのに、なぜ私ばかり責められないといけないのか。
「助けてしまったのは、私に助け癖ができていたからです。あなたがなんでも頼るから、私も癖でつい手を貸してしまった。
あなたがそれでは、自立できない。私も、自制しなければなりませんでした。
この旅を通じて、あなたは大きく成長できるかと思っていたのですが、何も変わらなかったようです。これに関しては、私も悪いのですが。
それどころか、今となっては、あなた。妹さんに対し、嫉妬で狂ってばかりいる。妹さんだって、時にはあなたに汚れた感情を抱くこともありましたよ。
でも、ペンダントを手にしてからは『絶対に願ってはならないある言葉』だけは、ずっと願わないようにと、我慢し続けたのです」
「我慢?それは、一体……」
唄子は、ごくりとツバを飲み込む。
「それは、誰かに消えて欲しい(死んで欲しい)という願いです。
言葉には、言霊という力があります。そして、人の思いには「念」といって、言葉に出さなくても人に伝えるパワーがあるのです。
言葉は、発したり、念を送ることで、本当にその方向へと物事が進んでしまうことも少なくありません。ですから、言葉や思いのパワーを、甘く見てはいけないのです。
『消えて欲しい』という言葉は、人を殺す力を持っています。あなたは、そんな恐ろしい思いを、妹さんにぶつけようとしたのですよ。それは、人殺しと同じです。
あなたは、罰として多くの人たちの呪いを受ける中で、消えてもらうしかありません」
ペンダントはそう伝えると、目の前でパリンと割れ、粉々になった。
唄子が体を見ると、無数のうめき声と、人々の腕が絡みついている。体をまじまじと見ると、至る所に蛆虫たちが蠢きあっていた。
たっ……助けて……。誰か……!唄子は、誰かに助けを求めようとする。しかし、恐怖のあまり声が出ない。
太腿に連なる無数の腕は、やがてずるずると上に伸びて、唄子の顔をぐっと掴もうとする。
【第四話へ続く】
【第一話~第四話リンク】※公開後、こちらにリンクを貼る予定です。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?