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そして鳥たちは、飛び方を忘れてしまった。【第3話】【最終話】

【第2話までのストーリー】
佑子たち一家は、父の自費出版騒動に翻弄される。
佑子は、ふと思い出して電子書籍の出版経験を持つ親友の有紗に、LINEで相談する。

【各話リンク】
第1話
第2話

【親友:峰岸有紗編】

 散乱した紙の束たちを、血眼になって凝視する。この前、文字おこしした資料がどこかにいってしまった。あの資料がないと、インタビューの記事が完成しない。どうしよう。有紗の表情が、たちまち青ざめる。

 そうだ。あの時録音した音声、まだ残っていないかしら。有紗はカバンの中に手を突っ込み、ぐるぐると引っ掻き回す。くしゃくしゃのハンカチ、財布、ポーチ、街で受け取った名前も知らない会社のチラシが入ったポケットティッシュ、色褪せたお菓子の包装紙。

 求めてないものばかりが手の甲に当たって、カサカサと痛い。あの時録音に使ったボイスレコーダーも、どこに置いたのかすら忘れてしまった。

 これじゃあ私、ライター失格だ。有紗はその場で、頭をくしゃくしゃと搔きむしった。白い粉が、ぱらぱらと落ちる。そういえば、ここ最近はお風呂も入っていない。

 今日は、流石に頭を洗わないと。でもシャンプーで頭を洗うと、あとでドライヤーを当てるのが面倒くさい。ならいっそ、髪を短く切った方がいいだろうか。パサパサの髪を掴み、ふぅと息を吐く。

 そういえば、ここ数日は徹夜で原稿を執筆する日々が続いて、お風呂に入る暇もなかった。ガスコンロの前なんて、2週間前から立っていない。

 今日も、ご飯はウーバーイーツを呼ぶか、それともコンビニでお弁当を買うか。添加物の多い食べ物ばかり食べて、きっと私の臓器は今頃破壊し始めているのかもしれない。

 WEBの世界って、もっときらきらしたものだと思っていた。もちろん、フリーランスの人がみんな自堕落な生活を送る訳じゃなくて。ただ、私が自己管理出来ていないだけの話なんだけれども。

 生活リズムを自ら整えられる方であれば、もう少しマシな生活を送れているのかもしれないと思う。私のような自己管理できないタイプは、予定と仕事に翻弄され、日を追うごとに狂わされていく気がする。

 数年前に販売し始めた電子書籍も、ここ数年はさっぱり売れない。私が電子書籍として書いたものは、ライター向けのノウハウ本で「現役大学生が副業で荒稼ぎ!初心者でも月50万円稼ぐ方法」というものだ。

 売れる本を出すコツは、とにかく目を引くタイトルにすること。そして内容は、読者にも「これなら、自分でもできそう」と思わせるようなものにしておく。

 そもそも人間は、自分とかけ離れているものに興味を示さない。身近な存在だと感じるから、関心を示すのだ。誰かの心理を知るために、彼らが何を求めているのか。まずは、世にいる人々たちの需要を知る必要がある。

 そこで私は、電子書籍を作成するにあたり、SNSをくまなくチェックすることにした。SNSは、ユーザーがその日の気分で、思うことを吐き連ねていく。あの場所なら、見知らぬ誰かの本音がたくさん眠っていると思った。

 SNSの投稿を辿ると、人々はみな、お菓子のように甘くて上っ面だけの言葉を述べた人に関心を示し、勝手に共感しては、褒めたり怒ったりと、実に騒がしい。

 あそこに顔を出している人たちは、本音をただ吐露する人より、親近感を胡散臭く醸し出しているだけの、まるでハリボテみたいな人たちに群がっていた。

 本を売るには、あの人たちが手を伸ばしたくなるタイトルにしなければならない。だから、誰でも手を取りやすいようにと、初心者でも簡単に月50万円稼げると言う陳腐なタイトルをつけた。

 正直、誰でも簡単に月50万円稼げるなら、みんな仕事辞めている。そもそも、どんな仕事でも、結果を出すにはそれなりにプロセスが必要だと思う。早く結果を出したいなら、それなりに業界のことを知る努力も必要だろうし。

 それらをすっ飛ばして、簡単に結果を出そうだなんて、実に愚かな人間のすることだ。でももっと愚かなのは、ネットで嘲笑ってきた人たちをターゲットに商売を始めた、私自身なのかもしれない。

 大学生の頃、家を飛び出して一人暮らししたい一心で、なにか副業できる術はないか考え始めていた。そんな中、SNSでふと目に止まったのがライターの仕事だった。インターネットで見かけた見知らぬママライターの話によると、その方は1ヶ月で30万円稼げたらしい。

 我ながら、愚かだと思う。でも、あのフレーズを見た瞬間、「私にもできるだろうか」と思った。それから血眼になって、すでに活躍しているライターの方々のブログを読み漁った気がする。

 彼らが未経験者向けに伝授したノウハウによると、どうやらインターネットで「ライター募集」と検索すれば、たくさん仕事が落ちているそうだ。

 そして、未経験から仕事を始めるには、クラウドソーシングというサービスを使って、仕事を受注する方法があるらしい。クラウドソーシングとは、インターネットを通じて、発注者が業務を依頼するビジネス形態のことだ。

 X(旧Twitter)などの情報をググると、クラウドソーシングでライターを始めれば、どんな人でも稼げるらしい。そんな上手い話、本当にあるのだろうか。ぽっとライトを浴びたような映りの人気ライターたちが、そんなことをこぞって発言していた。

 彼らの写真映り、発言はどれも浮ついたように見えて、まるでファンタジーみたい。嘘みたいな彼らの発言には、ポジティブなコメントで返す者たちが後を絶えない。ちょっぴり胡散臭い気もするけれども、彼らの言っていることは本当なのかもしれない。

 まぁ、実際に手を動かしてみないと何も始まらないし。そう思った有紗は、半信半疑でクラウドソーシングに登録した。案件のなかには、見るからにテンプレートのような胡散臭さを感じるものもあったが、少しでも違和感を覚えたら、応募しないと決めた。

 多くの案件から、気になるライター募集を見つけると、まるで宝物を見つけたような気がして嬉しくなる。有紗はいいなと思う案件があれば、片っ端から応募し続けた。

 それにしても、ここにいる人はみな嗅覚に優れている。いいなと思う案件には、応募者も殺到した。多くのユーザーの中から選ばれるには、どうすればいいのか。

 もしかすると、すでに選ばれ続けている人のプロフィールを参考にすればいいのかも。そう感じた有紗は、血眼になってレビュー評価が高いユーザーのプロフィールをチェックし、いい人がいれば参考にし続けた。

 クラウドソーシングに登録するユーザーには、それぞれAmazonのようにレビュー評価がついていた。レビューの多い人、評価が高い人は、仕事を取るのも上手いはずだ。

 クラウドソーシングでは、マッチングアプリやLINEのように、プロフィール写真を登録できる。ユーザーの中には、イラストアイコンの方、フリー素材をそのまま使ったような方もいたけれど、評価がいい人はプロに撮影をお願いしてもらったような方ばかりだ。

 みんな、不自然にも歯が白くてキラリと輝いている。もしかすると写真加工も、ほんのちょっぴり施しているのかもしれない。

 プロフィール写真、私も誰かにお願いしよう。そうと決まったら、善は急げだ。有紗はInstagram、アメブロなどを駆使して、プロのカメラマンを探し始めた。

 有紗がプロフィールの写真撮影をお願いしたカメラマンは、Instagramで見つけた。彼女のアカウント名を見ると、どうやら「坂本さおり@夢を叶えるフォトグラファー」という名前で活動しているらしい。

 坂本さんの投稿は、どの写真も閃光のような光の影響で白浮きしており、輪郭は朧げだ。フォトグラファーなのに、なぜ自分ばかり撮り続けているのだろうか。奇妙なほど白く整った歯と、ぎこちない笑顔がまるでマネキンのようだ。

 坂本さんの投稿には、起業を通じて自分が変わったこと、魅力的になれたことなど。延々と1人語りが綴られている。投稿には、いずれも金太郎飴のように、同じようなメッセージが立ち並ぶ。改行も多すぎるあまり、文章というよりもはやポエムだった。

 Instagramには、起業して人生が変わった自分。師匠と出会えて、人生のターニングポイントを迎えた自分。最近落ち込んだけれど、みなさんのおかげで復活できた自分……。ずっと自分、自分、自分。自分のことばかりだった。

 フォトグラファーなのに、写真を上手く取るコツ、撮影の心得など。カメラの技術に関するネタとか。この人。一切、書かないんだ。

 自撮り写真、自己陶酔したポエムの数々に、有紗は胸やけがした。世界がまるで見えてなくて、自分の世界に閉じ込められているようにも見えて、一気に坂本さんのことが気になった。そして坂本さん本人だけが、そのことに気づいていないようにも見えた。

 坂本さんから感じる違和感の理由、知りたい。その好奇心だけで、気づけば彼女にメッセージを送っていた。メッセージのやり取りは驚くほどスムーズに進み、撮影もトントン拍子に進んだ。

 撮影の依頼をすると、坂本さんから「これも、ご縁ですね」とか「素敵な出会いに感謝です」など、ポジティブなメッセージが届く。

 本当に、そんなことを思っているのだろうか。まだ初対面だというのに、私の何を知っているというのか。胸がざわざわする。

 坂本さんとは、都内のレンタルスペースで待ち合わせをした。写真では大きく見えたけれども、実際にお会いすると、とても小さくて可愛らしい人だった。長筒のようなレンズを肩にかけ、坂本さんは「お待ちしておりました」と、笑顔で対応してくれた。

 撮影が始まると、坂本さんの表情がたちまち険しくなる。

「もっと、あなたを魅せて」

「そうそう、その調子。笑顔、とっても素敵よ」

 歯が浮くようなセリフで、坂本さんは褒め続けてきた。こんなに褒められると、気恥ずかしくてカメラを見るのも恥ずかしい。

 鎖骨が埋もれた胸元、ぱつぱつの二の腕、ポッコリ膨らんだお腹周り。なにもかも自信がなかったし、鏡を見るのも嫌だったけれど。それでと、彼女に褒められていくうちに、不思議と前を向いていた気がする。

「撮影、無事終わりました。この度は、撮影をご依頼いただきありがとうございます」

 カメラを下ろすと、坂本さんは再び優しい笑顔に戻った。写真データは、50枚で50,000円。高いのか、安いのかもわからない。それでも、写真の出来はどれも素晴らしくて、有紗は満足した。

 写真データをパソコンで見るなり、思わず有紗の目が止まる。写真はいずれも、これまで見たこともないような、やわらかい微笑みを浮かべている。

 自分にも、こんな表情ができるんだ。胡散臭いと疑っていて、ごめんなさい。坂本さんの技術は、紛れもない本物だった。愉悦の笑みを浮かべる自分の姿を見る度に、プロに撮影をお願いして本当に良かったと思った。

 有紗は写真データの中から、最もお気に入りの写真を選び、プロフィールに登録した。俯き加減で、ほんの少し微笑している自分の姿。正面の写真より控えめそうに見えるし、クライアントの受けも良さそうな気がした。

 プロフィールを充実させていくうちに、不思議と業者からスカウトが届くようになった。もちろんプロフィールばかり良くても、肝心の仕事がダメだと元も子もない。

 クラウドソーシングは、悪い評価が残ると厄介だ。悪い評価がつかないよう、貰った仕事はいずれも必死に取り組んだ。

 このタイミングで、私はふと思いつく。ライターで上手くいったノウハウを電子書籍にすれば、印税も手に入る。ダブルの収入で、より稼げるかもしれない。

 それに、このまま手を動かし続けるのも辛い。連日のようにキーボードを叩き続けていると、腕も鉛のように重くなってゆく。

 電子書籍の出版方法についても、インターネットで調べながら、手探りで販売をし始めた。Amazonユーザーは、レビュー評価を見て書籍を購入するか検討するケースが多い。

 そこで、レビューを少しでも増やすために、Amazonを通じて電子書籍を販売する場合、無料で販売することもできる。無料で読める期間を設け、レビューをたくさんもらうようにすれば、自著の評価も上がるはず。そうすれば、書籍の売り上げを伸ばすのも、不可能ではないはずだ。

 発売当初は無料で販売し、レビューが増えたタイミングで有料に切り替えた。すると、あっという間に売れ続け、しばらくはお金に困らなくなった。 

 しかし、有益な情報なんて、所詮生ものだ。確かにあの頃は、SNSで電子書籍の発売を告知すれば、たちまち拡散されて驚くように売れたけれども。

 どうすれば、また売れるようになるのか。もう一度、私はレビュー評価をチェックすることにした。チカチカと光る画面に目をやると、眩しくて痛い。ぱちぱちと瞬きしながら、細かい文字と星の数をなぞっていく。

 いい評価にばかり目をやっては悦に入っていたけれど、悪い評価には私の本が売れなくなった理由が潜んでいるかもしれない。

 レビューを見るなり、有紗は絶句する。レビュー評価には、テンプレートのような当たり障りのない言葉ばかりが立ち並んでいる。

 レビューを見る限り、きちんと最後まで読んだ人は1人もいなさそう。一心不乱に書いたあの時の想いは、誰一人の心にも響いていないのだろうか。

 肩から、すっと力が抜けていくのを感じる。もしかすると。私の電子書籍を購入した人たちは、ほんの少し書籍代を投資しただけで、その気になっているような人達ばかりなのだろうか。

 血の通っていないレビューを見る度に、虚しくなった。それでも本が売れれば印税が入るので、購入してくれるのは嬉しい。レビューの星印と、うわべだらけの評価をチェックしながら、有紗はふたたび悦に入ることにした。

 情報は、時代も変われば屑に生まれ変わることもある。一度屑になった情報は最後、もう誰も手に取ってもらえない。人々は鮮度のある情報を求めて、またどこかへ飛び立ってゆく。今度、瑞々しい情報が見つからなかったら、あの人たちは一体どこへ向かって飛び立つのだろう。

 あの時、一生懸命作った電子書籍は、もう販売を辞めた方がいいのだろうか。レビュー履歴が更新されなくなったページを見るなり、重い溜息をつく。

 それに、あの時必死に頑張って制作した日のことを思うと、迂闊に処分できない気もする。屑みたいな書籍に変わり果ててしまったけど、それでも私にとっては、まだまだ我が子みたいな存在だ。

 電子書籍も、売れる見込みもないし。収入を安定させるには、結局体を動かすしかないのか。不労所得で悠々自適に暮らせると、あの頃は思っていた。楽して稼ごうなんて、結局のところ浅はかなのだろうか。

 WEBライターの仕事をしていると、業界のトップの人へ取材する機会も増える。業界の第一線で活躍する人に出会う度に、自分の愚かさに足が竦む。彼らはみな向上心に溢れ、努力家だ。だから、ずっと稼ぎ続けているのだろう。

 私は、ただの怠慢だ。まぁ、そんな私でも軌道に乗るまでは必死で頑張ったけれども。あの情熱をずっと継続しなければと思うと、頭がクラクラする。そもそもライターの仕事も、今はそれしかできないから、ただ続けているだけ。

 バイトもたまにするけど、周りの人とは上手くいかないし。年配の女性に、小言を言われながらレジを打つのも、もうたくさんだ。

 それに、今ライターの仕事を探せば、昔より単価もすっかり落ちているし。今より単価が落ちた仕事を、もう一度やろうとも思えない。怠慢なくせに、どうやら一丁前にプライドだけは残っているらしい。

 近年では生成AIの影響もあってか、ライターの単価も落ちてきた気がする。それでも、私の周りには稼ぎ続けている人もたくさんいるから、時代背景のせいにするのは言い訳かもしれない。

 かといって、何も仕事しない訳にはいかない。一人暮らしの生活は楽だし、それに実家には戻りたくない。小うるさい父と、また一緒に過ごすことを思うとゾッとする。あの人から逃れたい一心で、私は学生の頃から自立する術を探し続けてきた。

 大学生になっても門限に煩くて、家に戻るのが遅くなれば罵声を浴びせる父。ずっと家出したいと思っていたし、そのことを親友は理解してくれると思っていたのに。親友と思っていた佑子は、「へぇ」と、なんの関心も示してもくれない。

 家族と会話があっていいよねと。私の家は、父も単身赴任でいないし。母は喋ってくれないって、自分の話を重ねてくる。

 私が聞きたいのは、あなたの家庭事情なんかじゃなくて。ただあの時、あなたに助けてもらいたかったのに。きっと、あったかい家族で育ってきたから、私の苦悩などあの子にはわからないのだろう。

 締め切りに追われている仕事は、インタビューの文字おこしだけじゃない。メディアのPVが稼げそうな、ヒットするようなネタ、企画。月末までに、最低でも3本は考えないといけない。どうしよう。何も思い浮かばない。

 企画のアイデア、何も浮かびませんでしたって。正直に、クライアントへ伝えた方がいいだろうか。きっと怒られたりはしないけれども、静かに契約を切られることはあるだろう。

 携帯がブルっと震える。短い振動だから、きっとLINEだ。誰だろう。彼氏の健吾だろうか。最近は、すっかり音沙汰なしだけれども。携帯の画面を確認し、「なんだ、佑子か」と有紗は肩を落とす。

 どうせ佑子のことだし、また会社の愚痴でも聞いて欲しいとかいう、どうでもいい話だろう。あなたの愚痴を聞いたところで、こっちの時間が溶けるだけなのに。

 携帯のメッセージを確認すると、どうやら父が自費出版詐欺に騙されかけたので、何とかしてあげたいとのことだ。父にはお世話になってきたから、親孝行として電子書籍を出版させてあげたいのだと。

 佑子からのメッセージを見るなり、手がわなわなと震える。電子書籍の販売方法を調べ、販売に至るまでに、一体どれだけ私が時間をかけたというのか。

 すべては自分の身を守るために、生きるために。必死になって、独学でここまでたどり着いたのに。そんなに頑張っても、今や収入はスズメの涙でしかない。あの頃の苦労も努力も、今やすっかり人魚姫みたいに泡になって消えてしまった。

 父への親孝行なら、自分で調べてやればいいのに。友達だからって、何でも助けてあげるだなんて思わないで。こめかみが、ピキッと割れそう。そういう佑子の他力本願なところは、本当にイライラする。

 でもここで見捨てたら、「あなたのことは、親友だと思っていた」とか言いだして、佑子はきっと悲劇のヒロインを演じるはずだ。ああ、面倒くさい。どうやって対処しようか。私だけが損をしない方法を、必死に考えるしか他ない。

 そうだ。いいこと思いついた。自費出版で父が騙された話を、今度の取材のネタにさせてもらえないだろうか。退職後の男性が、変に夢を持ち、自費出版の話を持ち掛けられて。退職金が溶けてなくなってしまった。

 人の不幸は蜜の味だし、PVも取れるはず。実際問題、人の不幸話をネタにした企画は、WEBの世界でも需要がある。世の中の人は、自分よりほんの少し不幸な人の姿を見て、優越感にでも浸りたいと思っているのだろう。実に浅ましいし、惨めで醜いと思う。

 本当は、人の不幸なネタなんかをお金にしたくない。私だって、どうせ執筆するなら、誰かの役に立つ記事を書きたい。でもそういった記事は書きたい人も多く、私にはなかなか回ってこない。実力不足といえば、まあそれまでの話だけど。

 そもそも私、何のためにこの仕事をしているのだろうか。仕事を始めた頃は、自分が生きていくため。家を出るため。お金のためだったけれども。人の不幸な話ばかり書き続けるうちに、すっかり訳がわからなくなってきた。

 そういえばクラウドソーシングを始めた頃、記事を納品したクライアント様より「素晴らしい記事を、ありがとうございます」とメッセージを頂いたような気がする。

 お礼を言われる度に、失いかけていた自信の欠片を、少しずつ拾い集めているような気持ちになった。

 そっか、私。誰かから感謝されて、嬉しいと感じる人だったんだ。始めた頃は、あの家から逃げるため。そして、お金のためだったけれど。心の底では、誰かの役に立ちたいって思いが少なからずあったのかもしれない。

 せっかく記事化するなら、1人でも多くの人に喜ばれたいし、誰かのお役に立ちたいと思う。でもどんなに役に立つ内容でも、読まれないネタを企画したところで、大してお金にならないし、PVも取れない。この塩梅が、実に難しいのだ。

 お金を得るって、残酷だ。人の需要なんて、そんな健全なものばかりじゃない。周りから称賛されるような人が粗を探して叩かれ、世の中の溝に落ちてる屑みたいなネタが、案外ネットに上げれば、宝石のように光り輝いたりする。

 PVが取れないネタだと、また契約を切られてしまうかもしれない。そもそも、親友の不幸を売るなんて。人として、それは最低ではないだろうか。

 そうだ。いいことを、思いついた。不幸話として切り落とすのではなく、自費出版に騙されないためにはどうすればいいのか。そういった切り口で記事化すれば、誰かの役に立つ記事になるかもしれない。

 そうすれば、佑子のお父さんの経験も生きるだろうし、誰かの役にも立つ。WEBメディアとしても価値が出る。うん、佑子に交渉してみよう。取引交換で、その代わり電子書籍の出版方法、教えてあげる。

 ただし、電子書籍を出版したとしても、売れ続けるには大変だからというアドバイスも伝えてあげようかしら。あの子は、私の親友だし。チカチカと光る携帯を眺めながら、有紗はふっと笑みを浮かべた。

【おわり】

※こちらの作品は、読者の方に楽しんでもらえればいいかなぁという感じで、書き始めました。

今まで作品を通じて、コメントやスキをもらえたりして、凄く励みになったし、自信もついた気がします。本当に、ありがとうございます。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

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