2021年ブックレビュー『トロイ戦争は起こらない』(ジャン・ジロドゥ著)
戯曲を学ぶようになって、ハヤカワ演劇文庫を少しずつ読んでいる。リアルで見られなかったとしても、最近では配信も含めて映像で演劇を観られる機会は多い。名作舞台は、映像を見た後では何か満たされず、テキストで確認したくなるものだ、という感覚が最近分かってきた。翻訳劇は特にそうだ。
ハヤカワ演劇文庫には、海外の名作がそろっている。先日も、NHKBSの『プレミアムステージ』で風間杜夫さん主演の『セールスマンの死』(アーサー・ミラー作)を見た後、ハヤカワ演劇文庫でテキストに目を通してみた。
ジャン・ジロドゥの『トロイ戦争は起こらない』も同じパターン。2017年に新国立劇場で上演された鈴木亮平さん主演の舞台を見て、戯曲を読んでみる。
ジロドゥは、フランスを代表する劇作家・小説家。それでいて、第二次世界大戦が始まる頃には外務省の高官でもあった。自身を取り巻く社会情勢とギリシア神話を重ねて描いたのが、「トロイ戦争は起こらない」だ。
「トロイ戦争」は、トロイの王子パリスがギリシャの王妃で絶世の美女エレーヌを略奪したのがきっかけで起こったとされる。戯曲では、パリスの兄で勇者と名高いエクトールが主役。度重なる戦争に虚しさを感じているエクトールは、弟のパリスが引き寄せた戦争の危機を回避して和平の道を探ろうとする…。
エレーヌをギリシャに返して「戦争の門」を閉じようと、父のトロイ王プリアムや元元老院の長で詩人のデコモスら老人たちを必死に説得しようとするエクトール。妻のアンドロマックや母のエキューブら女たちは総じて、エクトールを擁護する側に回るものの、老人たち(老いた男たちとも、言える)は無意味なプライドを振り回して、エレーヌの返還を拒む。
エクトールとギリシャの知将オデュッセウスの話し合いによって、戦争を回避する道筋が示されるが、ある事件ーデコモスの嘘とあおりによって、群衆の興奮とともに戦は始まり、エクトールの外交的努力は水の泡となるのだ。
面白いのが、エレーヌの描き方。賢く情け深いアンドロマックに対して、エレーヌは自分の意思がなく、とらえどころのない女性として登場する。しかも、パリスとの間には真実の愛はないようだ。ラストシーンでは舞台上の「戦争の門」がゆっくりと開くと、エレーヌがエクトールとパリスの弟である少年(トロイリュス)にキスをし、誘惑している姿が露わになる。
エレーヌは、外見上は美しいが、国と国が争うほどの価値がないように、描かれているようだ。
戦争を引き起こすのは、無意味なナショナリズムや民族主義とか、そういう類のモノなのだろうか。「トロイの木馬」の逸話で決着するトロイ戦争では、エクトールは戦死し、アンドロマックはギリシャ側の捕虜になる(戯曲では、そこまでは記されていない)。それを知った上で読むと、ジロドゥが創作した「トロイ戦争の前夜」がもの悲しく、虚しく思えてくる。