2020年ブックレビュー『私たち異者は』(スティーヴン・ミルハウザー著)
広島市在住の芥川賞作家・小山田浩子さんが書評コラムで紹介してくださり、コラムの担当者が貸してくれて読んだのが、米国の作家スティーヴン・ミルハウザーの最新短編集「私たち異者は」。
小山田さんも作品の中で、現実と非現実の境界線があいまいな不思議な世界を繰り広げる。その小山田さんのお気に入りなのが理解できる一冊だ。
裕福な人々が住む郊外の街で、トレンチコートを着た通りすがりの男が、いきなりビンタを食らわせる事件が続発する「平手打ち」。街の人々は「平手打ち」される根拠や犯人について、あれやこれやと思いを巡らすが、何の手掛かりもない。
街には不穏な空気がさざ波のように広がり、人々は怒りっぽくなって、「平手打ちは神の怒りだ」とする宗教団体が活発に活動し始める。そして、被害者が街の集会で体験談を話すようになり、ヒーロー的な存在にまで高められてしまうのが、何とも変でおかしい。
「白い手袋」では、思春期の男女の微妙な関係を描く。高校生の「僕」には、放課後も休日も一緒に過ごす仲の良いガールフレンドのエミリーがいた。彼女の左手にある時、白い手袋がはめられていた。彼女は白い手袋の理由を打ち明けてくれないので、「僕」は気になって仕方ない。そのうち、「僕」のエミリーを見る目が違っていき、ふたりの間はぎくしゃくしていく。
白い手袋の下にある、エミリーの手がどうなっていたのか、私の想像を超える展開が待っていた…。
表題作の「私たち異者」は、死んでしまったある医師のポールが亡者(異者)になり、冴えない中年女性のモーリーンの家に住みついてしまう。ポールとモーリーンは意思の疎通を始めるのだが、これまた冴えないモーリーンの姪っ子が遊びに来て、2人の均衡が崩れてしまうのだ。
「幽霊」であるポールの視点から書かれているのだが、モーリーンや姪っ子の方が「異者」のように思えてくるからヘンテコだ。ポールは「私たち異者は、人間にとって害毒な存在だ」と言う。私にはどう読んでも、モーリーンたちの無駄な欲や嫉妬、見栄の方がポールを惑わせているように思える。
平凡な日常の中に潜む「奇怪」や「奇妙」。
考えてみれば、この世の中は何かが少しズレた「奇妙」であふれているのかもしれない。異界なんて、この世の中のあちこちで口をパックリ開け、私たちを待っているのだ。怖いのは「奇妙」に浸食されているにもかかわらず、平穏な日常を過ごしていると思い込んでいること。(安倍政権下の日本なんて…まさにそうだよ)
小山田さんはこの短編集について、こう感想を書いている。
平凡な退屈な日常だと思っていた世界が、実はとんでもないバランスで成り立つ、いや、成り立っていると思い込んでいたけれど、本当は成り立ってすらいなかったのでは。
そうかもしれない、とうなづく。
小山田浩子さんの記事↓
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