「ベースリテラシー」は問いを立てる能力でもある

mikiokousaka

「ベースリテラシーの向上を目指していく」と言う話しをした後で、調べてみたら検索にも出てこない言葉だったので、ここに意味と背景を記しておきます。

情報技術を活用する能力のことをITリテラシーと一般的に呼ぶようになってきたので、その基礎になる能力を「ベースリテラシー」と名付けました。
つまり「ベースリテラシー(Base literacy)」とは理系の基礎能力です。
対象は理系、いわゆる「STEM」のScience(自然科学),Technology(応用科学),Engineering(工学),Mathematics(数学)の4つの学問分野の基礎能力で、文系にあたる「HSS」のHumanities(人文学),Social science(社会科学)は対象にしていません。
そもそもリテラシー(literacy)とは「読解記述力」で、話し言葉ではなく書き言葉を扱えることを指し示していて、単に「識字率」とも呼ばれ、文章を読んで理解し筆記することともされています。
この読み書きの能力としてのリテラシーは、教育指数(Education index)としても用いられていた最も基本的な指標の一つなので、更にベース(基礎)を付けても成り立ちませんし、単独で使われる「リテラシー(literacy)」は、まさに文系の基礎能力と言えます。

「ベースリテラシー」として用いたいリテラシーは、何らか表現されたことを理解し活用できる能力を意味する、拡張された使い方のリテラシーで、メディアリテラシー(Media literacy)や環境リテラシー(Environmental literacy)金融リテラシー(Financial literacy)等として使われているリテラシーです。
理系の基礎能力である「ベースリテラシー」の向上を目指したいと考えているのは、今の社会では文系と理系に分断した考え方が主流のため、「STEM」に関する基礎能力が、文系と分類されている人にも必要だということが、理解されていない状況を変えたいからです。
話し言葉を使うように生活の中で理系の仕組みが使われていても、その理系の考え方を書き言葉が扱えるように活用できる人は限られています。
例えば、電球は使っていても、明るさの単位とワット数を混同していたり、電圧と電流の関係や交流と直流の違いを余り理解せずに、電球の交換をしているのが現状です。
今では「雷は神の怒り」と考える人はいないと思いますが、昔は見世物の電気火花と雷は別物として捉えられていて、「雷は電気」だと証明されるのは、ベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)氏が1749年に考案し英国王立協会に送付していた実験方法で、1752年にトーマス・ダリバール(Thomas Dalibard)氏による実験が成功した時になります。
1831年にマイケル・ファラデー(Michael Faraday)氏が「電気は空間を波状に順々に伝わる」という考えの基礎となる概念を「実験ノート(Experimental Researches in Electricity)」に記しましたが、その時点では「電気は空間を跳び越えて伝わる」という考えが主流でした。
フランクリン氏の時代から270年以上、ファラデー氏の時代から190年以上過ぎた今では、電気は、神の怒りでも、空間を飛び越えて伝わるものでもない、ということが常識となってきましたが、100年単位で振り返った時に初めて、人々の「ベースリテラシー」の向上がやっと確認できると言えますし、まだ誤解を持ったままの人や、何故なのかを知ろうとしない人も少なからずいます。
フランクリン氏が、電気が平常よりも多ければ「正(プラス)」に、少なければ「負(マイナス)」に帯電するという電荷の概念を実験から得た時、当時の高名な科学者ジーン・ノレ(Jean Nollet)氏が唱える、電気には2種類があって異種は引き合い同種の電気は反発するという考え方の方が一般的に受け入れられていました。
この一般的に受け入れられている誤った理解を変えていくのが「ベースリテラシー」の向上です。
見たまま聞いたままではなく、問いを立て、観測を元にした仮説を、実験で繰り返し確かめられる状態にする、という理系の基礎能力を使って判断できる人々が増えることを目指したいのです。
例えば学術論文であれば、引用が多い論文の確からしさは高いとされています。
また、百科事典を越える読書量から得られた学習結果により生成する回答は、確からしさの高さで驚嘆されています。
高等教育として「STEM」の4つの学問分野を突き詰めて理解できる人を育てることに繋がるのが「ベースリテラシー」でもありますが、無知蒙昧に多数派を妄信する人が減り、自ら確認する人が増えなければ、確かではない確からしさに誤魔化された世界になってしまいます。
2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の本庶佑(Tasuku Honjo)氏は、国際的な研究専門誌(Nature,Science,Cell,Neuron等)に掲載されることを目的にした、論理だけ正しい手法で論文を生産することが研究者として優れているという考え方とは真逆で、「ネイチャー,サイエンスに出ているものの9割は嘘で、10年経ったらまぁ残って1割だ」「自分の目で、確信が出来るまでやる」のが「基本的なやり方」だと語っていますが、これこそが「ベースリテラシー」の根幹をなす考え方です。
ファラデー氏は科学史に名を残す発見をしましたが、貧しい家庭環境だったため小学校を中退しており、その後に見習いとして働いた製本屋が本屋も兼ねていたために触れることのできた科学の書物から、物理学と化学を独学で学びました。
そして電気化学理論で有名なハンフリー・デービー(Humphry Davy)氏の英国王立研究所の講義を聞く機会を製本屋の顧客からもらったことをきっかけに、その内容をまとめ製本したものをデービー氏に送るなどして、まずは秘書として、そして助手として取りたててもらい、実験の手伝いをしながら英国王立協会で研究ができるようになり、正式なフェロー (Fellow of the Royal Society)に選出される実績を上げるまでになります。
ただ、数学の知識が乏しかったファラデー氏による、後に「ファラデーの法則(Faraday’s Law)」として知られることになる電磁誘導の法則についての論文は、数式で構成されていない特異なものでした。
磁力線がどのように働いているのかを、数式を解いて明らかにしたのではなく、仮説を立て実験した結果から回答を得ているためで、論文はファラデー氏が得意としていた絵を使った図解で明快に示されていました。
「力線(Lines of Force)」や「場の理論(Field Theory)」の概念の基礎を築いたファラデー氏の、電気や磁気(さらに光)が空間を通じてどのように作用するかについての定式化(Formulation)は、特筆して優れた物理学者であり数学者だとも言えるジェームズ・マクスウェル(James Maxwell)氏により30年程後になって実現しました。

一般の人々の「ベースリテラシー」向上がそのまま、電場と磁場を統一した「マクスウェルの方程式(Maxwell's equations)」を生み出すわけでも、更に、電場と磁場と時空を統一するアルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)氏の「相対性理論(Relativity Theory)」という、物理学のイノベーションを創造する訳でもありません。
ただカーナビや放射線治療といった形で、私達の生活と「相対性理論」は密接に関わっていますし、そこにはジョン・タウンゼント(John Townsend)氏のような人の存在が不可欠なのです。
1804年から1812年まで製本工としてファラデー氏が働いた、製本屋兼書店であるリボウ商会(Riebau’s bookbinding shop)で、ファラデー氏に高級本や装飾本の製本という技術・技巧(としてのArts)を直接指導しただけではなく、本や科学書を読むことを奨励し、化学や物理学の概念や、記録することを教えたのがタウンゼント氏です。
この時期のファラデー氏は、日常生活の中で目にした現象に興味を持ち、家にあった導線や電池などを使用して電流の流れを観察し、その結果を手帳に記録していたそうです。
エクスペリメンター(Experimenter)と言えばファラデー氏だと言われる、科学史上最高の実験主義者(Best experimentalist in the history of science.)が、そうやって育っていったのです。
14歳だったファラデー氏に、科学や技術に興味を持たせ「ベースリテラシー」を身につける手助けを行ったタウンゼント氏は、現在の社会にとっても本当に大事な存在だったと感じます。
理系の基礎能力である「ベースリテラシー(Base literacy)」の向上を目指すことにより、社会がより良くなっていくことにつながって欲しいと、私は強く願っています。

Mikio Kousaka

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