行き詰まったら人生戦略を変更する
発達特性を持つ息子たちに対して、私なりの子育ての軸がまだ確立されてなかったころ、私は息子たちの将来が不安でした。
自分自身の挫折を思い出すと、気持ちがバクバクしてきて、少しずつ乗り越えていってほしいと思うものの、目の前の子どもの状況を受け入れられずにいました。
それが「どんなでも大丈夫じゃん!」と思えるようになった過程をまとめてみます。
最初の葛藤
長男は集団が苦手で、保育園では個別対応をしてもらうことでなんとか乗り切っている状態でした。
次男は不安が高まると衝動性や多動が強まるわかりにくいタイプだったので、安心させてあげたかったけど、行動が本当に突拍子もなく、そこを「いいよ」とはできなくて、どう寄り添ってあげたらいいか悩みどころでした。
うまくいかないことを深刻に捉えすぎていたのは、特性があってどうしても多数派と同じにはできないけどサポートすることでなんとかやっていけないかな、という想いからだったと思います。
どうにかうまくやっていける方法を考えていたんですね。
療育センターでの勉強会やアセスメント、講演会などで得た知識で、子どもたちに適切なサポートをし、うまくやっていけるように促していけたらいいんだと思い込んでいました。
なので、多分気持ちが熱くなり過ぎていたと思いますし、ニュートラルな状態の子どもたちと温度差もありました。
元々人との距離感は遠めの方が安心する息子たちにとって、息巻いて自分のために奮闘し、やることを押し付けてくる母親をどう感じていたことでしょうね。
私は人の気持ちには敏感なので、自分のやっていることが空回っていることはわかっていました。
でもね、私の今までの人生戦略で、「直球で物事に向き合い、正当な方法で突破しようとガムシャラに努力をする」以外の方法を知らなかったんですよ。
他にどんな戦略があるの?と思っても、学ぶ方法すらわかりませんでした。
いちばん近くにいた良い見本
夫は常に私とは違う戦略で生きていました。
結婚して数年はその夫の生き方が全く理解できず、なんで?と思うことばかり。
例えば質問をしたら分からないという答えでもいいからとりあえず返事をする、というのが私の中では当たり前でした。
でも彼と話をしていると独り言を言っているかのよう…相づちもなければ、返事もないんです。
だけど聞いていないわけでもないし、理解できていないわけでもない、ただ聞くと同時に相づちをうったり自分の考えを伝える言葉を探して伝える、ということを要領良くできないだけでした。
2〜3日置いてから、もう一度同じ話題でゆっくりと話を聞いてみると、私が考えたことのない視点で物事を深く理解し、オレはこう考えて行動している、という意見を聞くことができ、初めて私は夫の世界の凄さを実感したのでした。
夫といると、トントン拍子で事は進みません。
どんどん行動するのが当たり前だった私は、イライラしたりすることも多かったです。
でもそれは、私の「待てない特性」があるからかもしれないと、あるときに気づきました。
そのあるときとは、例えば何か大きなものを買うときです。
私は気に入ったらその日に買いました。
大きなものを買うときも事前にリサーチはするけれど、買うと決めたらやっぱりその日に買いました。
でも夫は実物を見ても必ず一度は様子を見るのです。
もう一度同じことをする時間がもったいない、もう一度買い物に来るのがめんどくさい、私の中にあった気持ちに気づきました。
夫はそうは思わないんですね。
大事なものを買うのだから、しっかりと時間をかけて決めたいし、本当に大切にしたいと思えるかを見極めたいと思っているんです。
その考え方もステキだな、と思いました。
そんなふうに時間を使えるのもある意味ものすごーーく貴重で尊いな、と。
そういう自分とは全く違った価値観に触れることは面白いな、と思いました。
それからは自分が悩んだとき、うまくいかないときは夫の考えを聞くようになりました。
考えや視点の違いでこんなにも違った世界があるのか、といつも新鮮な驚きがありました。
ケンカにならない秘訣
私は思い通りにならなかったり、自分とは違う行動に戸惑ったりすると、いつも夫に当たっていました。
自分ではそんなつもりはなくて、キャパオーバーでどうしたらいいかわからない混乱が、つい相手を責めるような言い方で表れていたんですね。
夫はいつもスッと身を引きました。
少し物理的に距離を置くか、話に答えることはせずにひたすら聞きながら流していました。
最初は夫のそんな行動に腹が立ちました。
こっちが本気なんだから、ちゃんと向き合って欲しいのに!
困ってるから言ってんのに!
何にも言い返さないなんて、バカにしてるの?
でもそのあとに、自分がしたことがだんだん整理されてきて、ああ、私は何にも悪くない夫にただ牙を剥いていただけなんだ…と気づき、謝るしかなくなるんです。
この感覚には不思議でした。
実家の親には、私がワーーーっと話したことに対して5倍以上の言葉が母からは正論で、父からは非常識だ、という言葉で返ってくることが多かったからです。
納得がいかず、いつも自分の気持ちを受け止めてもらえないことにイライラしていました。
ところが夫に同じように言っても、同じように返ってこないどころか、冷静に考えさせられる時間を与えられ、自分と向き合うしかなくなる体験を初めて与えられました。
私は次第に、冷静に考えられるようになってきます。
自分のとった行動もどういう意味があるか、についても向き合うことになりました。
それまでは自分がとった行動よりも親が言い返してくる正論や非常識という言葉に捉われすぎて、悔しさしか残らなかったんですよね。
自分の行動に意識が向くためには、他に刺激があると難しいんだと気づきました。
ADHD気質の人、あるあるじゃないでしょうか。
それからは夫に当たるように、責め立てるようにワーーーっと口に出すのではなくて、今からに困っているのだけれど、と冷静に伝えるように心がけました。
それでも切羽詰まっているときは難しいので、
夫に「ワーーーって責め立てるように話すときは、私がキャパオーバーで混乱しているからであって、あなたを責めたりあなたのせいにしたいわけではないんだ。
そういうときは何に困っていてどうしたらいいのかを一緒に考えてくれたらありがたい。」
と伝えて、夫のダメージを減らして(責められていると思うといたたまれなかったようです…当たり前か)、一緒に考えてもらえるようにお願いしました。
それだけでとっても心強い。
もうどうして!と悲しくなったり、イライラしたときには、ちょっと話を聞いて欲しい、とヘルプできるようにもなってきました。
親にはできなかった…だって話を聞いてもらえないどころか押し付けてくるんだもの。
そして、私はちゃんと子どもの話が聞ける親になりたい、と心から思いました。
人生戦略の転換期
こんな経験を元に私なりに考えたことは、
「若いときは得意な戦略で生きていく」
子育てや仕事などで行き詰まったときは
「他にも戦略を考えるいいタイミング」
だってこと。
そんなときは自分とは違う価値観、思考回路を持っている人の行動や感じ方に意識を向けてみると面白いと思います。
我が家は、子育てに関しても「私だったらこうするのに!」ということがたくさんあって、その度に聞いてみることにしています。
子どもとの距離感に関しては夫の方が上手なので、聞いてみるんですが
「え!?絶対にそれは違うと思う!」とそのときは思うんですよ。
でもその後の様子を観察していると1年後くらいにはその意味が子どもの夫への行動からわかってきます。
絶対に違うと思っても、頭の片隅にはずっと寝かせておいて、その変化を追っていくのは面白いです。
結果のいい悪いではなくて、どんな関係を作りたいと思うからこういう接し方になって、それがどう体現化してくるか、という視点が大切。
私は何でも話してほしいしヘルプしやすいような子どもとの関係性を目指していて、子どもたちに受容の姿勢を貫きすぎました。
その結果、私のお願いや家でのルールが子どもたちに入りづらくなりました。
子どもの甘えもそれを受け止めることも大事だと思って突き進んだけれど、行きすぎると私がシンドくなることもやってみて気づきました。
夫は常に一定の間隔で子どもに接していて、安定した距離で関係が築けていました。
子育てに行き詰まり、今までの自分の戦略だけではうまくやっていけないのだと気づき、他の戦略を知る、理解する、体感するって大切ですね。
大切なのはいろんな戦略を選択できること
おそらく、小さい頃は自分のとりやすい戦略を無意識のうちに選択して生きていると思います。
私は考えても分からなかったから、とにかく行動して結果で次の行動を考える、というような実践型でした。
夫はジッと周りをよく見て慎重に行動し、いかに目立たず無難に平和に過ごすことを大切にしていました。
それ自体はいい悪いではなく、それだけの戦略に頼っていると、どうしてもうまくいかないことって出てきてしまいます。
大抵のことは避けることができるのだけれど、仕事や子育てでは向き合わざるを得ないことってどうしても出てきて、そんなときにはいろんな戦略を選択できるって大切です。
私は待つ、動かない、手放す、あきらめる、やらない選択をする、がどうしてもできなかったので夫に教えてもらいました。
夫はリスク回避ばかり考えて無難に行動していたのを、私の影響で、たまには何も考えずに行動してみる、楽しむことを最優先にしてみる、私に感情的に文句を言ってみる、などやったことなかったことに挑戦しています。
そんな感じで、夫婦でお互いにやったことない戦略で行動してみる、を楽しみながら、子育てに取り組んでいます。
そんな日々の中で
「苦手なことに取り組むのは大人になってからでも遅くないなぁーー。
子どものときは自分のやりやすいやり方で、とにかく目の前のことに取り組めて、困ったら周りの人に相談しながらなんとか乗り越えてってやっていけたら上等なんだなぁーー。
長男は学校に行かないで生活するやり方を選んだし、次男は学校生活の中で自分なりの参加の仕方を見いだせた、そして三男は言語表現に遅れがある分他の力をしっかりと使ってうまく生活しているよなぁーー。
それでいいんだ。
とにかく子どものときはやってみる、でいいし、できないところは親がサポートしてあげたらいいんだ。
毎日、家で笑えていたらそれだけで大丈夫!
大変なこともあるし、失敗も親だってするし、困ることだっていっぱいある・・・でも夫も私も挑戦し続けているし、そんな姿は子どもたちにも面白いみたいだし、そんな家族のカタチって私は好きだ!」
そう思えた瞬間、不安がフワッと消えました。
子どものときは逃げてもいいし、嫌ならやらなくてもいい。
そういうことは大人になってまた巡り巡って課題としてやってきたりして、そのときにはいろんな力がついていたり、心強い仲間が増えていたりして、乗り越えられたりするから。
子どものときに頑張らないと大人になってから困るって思い込んでいたんだなぁーーと思いました。
大丈夫、大丈夫、なんとかなるよー。
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