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『楽園の楽園』で実感するヒトの特性
漆黒を背景に、光沢のあるエメラルドグリーンの線で、トリやサル、サンショウウオなどが住んでいる森が描かれている本がある。
2色のコントラストの綺麗さに目が引く本の装丁だ。
2025年1月に中央公論新社から発売された『楽園の楽園』(著:伊坂幸太郎)は、著者の作家デビュー25周年を記念する短編小説だ。
総頁数が104頁なので一気に読めてしまう。
著者の過去の作品に共通するものがちらっと出たり、井伏鱒二の『山椒魚』の話がちらっと出てきたりと、読んでいて楽しい。
登場人物は、『西遊記』の主要人物である3人組を思わせるユニークな名前をしている。
孫悟空:突出した運動能力の高さを持つ「五十九彦」(25歳)
猪八戒:食欲と性欲が旺盛な「蝶八隗」(30歳ぐらい)
沙悟浄:知能指数が高く、重要なことを言う役割の「三瑚嬢」(3人の中では一番若い)
あるミッションのために選ばれた3人組だ。
あるミッションとは?
本文の中で三瑚嬢がわかりやすく話している場面があるのでこちらを引用する。
ある開発者が、人工知能を作った。世の中の異変は、その人工知能の暴走のせいじゃないか。開発者は責任を感じて、人工知能を止める。その結果、世界は小康状態になった。そして、行方不明になったその開発者を探しにいくことになる。感染症が蔓延する地域だから、感染しない免疫力を持つ者が選ばれた。
そして、本の帯にはこう書かれている。
人はどんなものにも
物語があると思い込む。
きっとあなたもその一人。
読み終わると、この帯の言葉どおりであることを実感する。
本屋で平積みにされている本を見たときには、「そうだよね」「面白そう」ぐらいしか思わなかった帯だったが、読み終わった後はコクコクと頷き、「まさしく!」と言いたくなる。
「ウケる」が口癖の三瑚嬢の言葉は、口調に反して重い。
何と言っても人間は、理由が分からないことが一番苦手なんだから。
理由がない、なんてことはないと思い込んでいるので、勝手にそれらしい物語を作り出す。
だって、ヒトは物語が大好物だから。
本を購入すると、たいてい本にはしおりが挟まっている。今回も紙のしおりが挟まっていた。
ただ、わたしが購入した本には、たまたま、しおりが2つ入っていた。
まったく同じしおりだ。
この本を読む前であれば、間違えて2つ入れてしまったのだろうと、スルーしていたに違いない。しかし、読み終わった後は、何か引っかかってしまう。
同じしおりが2つ……本当にたまたまか?
2つ目のしおりが挟まっていた頁を見ると60頁だった。すると、わたしの脳は勝手に理由を作ろうとする。
60頁に大事なメッセージが隠されているのではないか?
いやいや、考えすぎでしょう。
たまたま2つ入ってしまっただけのこと。
しかし、まんまと帯に書かれた思考をしている自分がいる。
自分の脳の中で、「そんなわけはない」と思いながらも、理由づけが行われている過程を俯瞰で捉えることができる。
しかも、しおりもしおりで、心に引っかかる一文を抜粋して持ってくるから憎い。
「ああ、なるほど、だから俺たちが呼ばれたのか」
本の内容と、しおりに書かれた言葉が結合して、何らかの意図があるかのように脳がストーリーを組み立てているではないか!
恐るべし!
間違えただけなのに、壮大なストーリーを考えてませんか? わたしの脳よ。
「理由を欲しがって、勝手にストーリーをでっち上げることまでやっちゃうんだから」と言う、まさしく、三瑚嬢の言うとおり……。
読み終わった後は、世界中が物語で溢れていることに気がつく。
「なぜ」を求める脳にハッとする1冊だ。