映画「まる」を観ました
まる、やさしい哲学のお話でした。
さらりと心の表面を撫でて去って行くが、撫でられた跡は少し逆立って隙間から深部を覗けるきっかけが出来るような。
観た者に思考させるでも、問いかけるでも答えるでも与えるでもない。
己のアイデンティティーについて心を毛羽立たせる映画でした。
中でも、横山の傍若無人でピュアな姿は、愛しくて痛々しくて切ない。
荻上監督を投影したキャラクターという話ですが、沢田の欠けてしまった感情自体のようにも描かれている。
奇妙で可愛くて煩くて優しくて、とても魅力的な人物です。
横山の「おかえり、おつかれ、おやすみ」というセリフ、暖かくて優しくて安心します。子を寝かしつけるような優しいトントンも愛がある。
あの言葉は、単純に沢田に対する言葉であったと思いますが、沢田の感情の発露に対しての「おかえり」も含まれるのでは?と感じました。
(あの場面で初めて感情を露わにする沢田。欠けていた感情が戻ってきたという意味での「おかえり」を感じました。)
というのも、コンビニで横山が「気をつけて帰ってこいよ」と言いますが、旅に出るわけでもないのに、何に気を付けるのか。
それは、「商業アートに心売るなよ」「そのままでいてよ」の意味だったのかなと思いました。
「ただのまるじゃん!」「誰でも書けるよ」「自分が沢田だって言えんの?」など横山が発しますが、ここでも沢田の葛藤が横山を通して表現されている気がします。
横山が壁に足で穴を開けた時ニコニコして笑っていたので、狂人!と思いましたが、綾野剛さんの「俺、この人好きだわ。だからあなたも俺のこと好きっしょ」(下記インタビュー参照)というのを見て、納得しました。
唸る横山に対して感情をぶつけてきてくれた沢田に懐いてしまった…というのはどこか既視感があります。
(MIU404で志摩がゴミ箱を蹴り怒鳴るシーン、伊吹はテンション上がってきちゃいますがこれと同じ現象と思うと理解できます)
綾野剛さんのキャラクターに対する解像度や解釈は、毎回度肝を抜かれます。
また、森崎ウィンさん演じるコンビニのモーさんもとても素敵な人物でした。
「福徳円満」「円満具足」
「人間、まるくなきゃ」
この他にもたくさん素敵なセリフを語られていました。
沢田もモーの前では、「うぜぇ~」とかラフな言葉を漏らしていましたね。
終盤、色紙にまるを描いて貰う際、沢田の記名を貰わないのが素敵でした。
商業化されたアートとしてではなく、沢田との関係の証として残しておきたい。沢田が描いたかどうかは、モー本人が知っていればそれで充分なんですよね。
作品あらすじの文章で「1匹の蟻に導かれて描いたまる」とありましたが、導かれたというよりは「閉じ込めようとした」という感じですね。
蟻は太い刷毛でぐるりと周囲を囲まれて、少し怯み、戸惑い、ウロウロと迷走しますが、じきに黒い線を乗り越えてまた新たなまるに捕らえられる。
そしてまた乗り越える…ああ、人生ってそうだよね。と感じたその後に横山の「2割の蟻になりたくない」という話が出てきたので、蟻という地軸でストーリーに展開が生まれておしゃれだなと思いました。
ここからは小ネタについて
・格差を感じる者「寿司」が好き(横山の靴下もお寿司柄)
・個展に乱入した矢島(吉岡里帆さん)の服に「Rich」と書いてあってなんか面白い
・先生と鯉と地震の関係性は分からない
・三角の先生に出会った時の沢田の「先生…」というつぶやきが好きすぎる
柄本明さん、ほんっとうにずるいです。
画面に映った瞬間に優勝なんですよ…最高です。
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エンドロールで堂本剛さんの「街」が流れた瞬間、すぐそこで歌っているようなリアリティを感じました。
今までにないほど詩が心に入ってきて、耳に集中したくて目を閉じたら涙が溢れました。理由は分かりません。
瞼の向こうが明るくなったので目を開けると、沢田の描いた絵画が映し出されていてその美しさと「こんな絵を描いていたんだね」という受け止める感情でなんだかほかほか優しい気持ちになりました。
最後の最後まで優しい映画です。
映画「パターソン」のようなゆったりとした優しい人生哲学
「茶の味」のようなコメディ感
阿部公房のような少しの不気味さ
荻上ワールドがギュッと詰まっていて、大好きな作品がまた1つ増えました。