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【小説】夏は何度もやってくる③

 ダブルデート当日、電車のボックス席にいたのは、紗弥子、杏奈、冬吾、そして、宏樹だった。

 宏樹に事情を話したところ、すんなり承諾してくれ、デートの計画はスムーズに進んだ。宏樹は、紗弥子たちと同じテニス部であり、杏奈とも何度か話したことはある。その上、紗弥子も気を遣わなくていい点が、まさしく適任であった。

「ねえねえ、冬吾って、小学生の頃から、シャイなの?」

 シフォン素材のチュニックに7部丈のパンツ、髪はハーフアップにした杏奈が、宏樹に嬉々とした様子で、質問する。薄く化粧をした杏奈は、学校で会うよりも、大人っぽく見えた。

 冬吾は、照れ屋という認識は、紗弥子の中には、ない。女子とも、話す方だと思う。私とは、特に仲良かったよ。そんなことは、言えない。

「冬吾はね、照れ屋さんなんだよ、昔から」

「おい宏樹、適当なこと言うなよ」

「またまた、照れちゃってー」

宏樹は、紗弥子の思惑通り、盛り上げ役に徹してくれた。「こいつ、修学旅行の時、他校の女子からキャーキャー言われてて」と話し始めた時は、内心ヒヤッとしたけど。しかし、杏奈は嫉妬心を剥き出しにせず「やっぱり、冬吾は人気があるんだねえ」とはしゃいでいた。

 シッピングモールに着き、フードコートで昼食を済ませると、紗弥子は「うちら、見たいお店あるから、2人でごゆっくりー」と宏樹の手をとり、エスカレーターに乗った。冬吾の、何か言いたげな様子と、杏奈の溢れんばかりの眩しい笑顔のコントラストが、みるみる遠ざかる。

「ちょっと、強引なんじゃない?」

宏樹が釘をさす。

「冬吾、困ってたよ」

「いいの。カップルは、カップルらしくいないと」

「なんか、紗弥子、必死だな」

「当たり前でしょ。友達の恋を、応援しないでどうするの」

「ふうん、えらいねえ、さやちゃん」

 こんな風に、2人並んでエスカレーターに乗っていると、側から見たら、カップルと勘違いされるかな、と紗弥子は思った。しかし、宏樹のことを、どう考えても、男友達のひとりとしか、見ることができない。

「てか、修学旅行の話、ほんとなの?その場を盛り上げるために、適当なこと言ったんじゃないの」

紗弥子は訊ねる。冬吾が、他校の女子からかっこいいと評判良かったなんて、聞いたことがなかった。

「本当だよ。連絡先書いた紙、もらってたもん。あいつ、すぐ捨ててたけど」

平然とした様子で、宏樹は答える。

エスカレーターを降り、当てもなく、館内を成り行きで歩く。カップルばかりで、みんな幸せそうで、物語の主役のような輝きを放っている。冬吾、今頃、何してるかな。

「知らなかった」

「うん、あいつ、そういうの、あんまり広められたくないらしくて、今まで黙ってた」

モテる男も、苦労が絶えないねえ、と、宏樹は、わざとらしく嘆いた。

「なんで、冬吾って、モテるんだろうな」

冬吾が、モテる。そんなこと、考えたこともなかった。杏奈が懸命にアプローチした成果が実り、2人は付き合ったが、杏奈のように、冬吾に対して、密かに思いを寄せている女の子は、他にもいるのかもしれない。

「みんな、長所って絶対持ってて」

紗弥子は、考えをまとめる前に、口を開いていた。

「みんなにあるの。宏樹も、杏奈も、私も」

「冬吾にも、あるってことになるね」

「そう。でも、冬吾って、自分の良さに、気づいてないんだよね。そういうところが、いいんじゃないかな」

言い終えてから、「い、今のは、冬吾には内緒で」と慌てて付け加えた。

「へえ、俺にはわかんないな」

宏樹には、ピンと来ていないようだった。

「自信満々の方が、かっこいいだろ」

「宏樹は、それでいいんじゃない」

CDショップの前を通り、紗弥子は「ここ寄りたい」と立ち止まった。

「何か、お目当てのものがあるの?」

「うん、一緒に、探してほしい」

アーティスト名も、音楽のジャンルも、わからない。緑色の背景に、骸骨の写真。手がかりは、これだけだ。詳細を宏樹に伝えると、「ヒント少ないな。店中探すしかないか」と快く協力してくれた。

「宏樹って、ほんといいやつだよね」

「ありがとう、よく言われる」

宏樹を好きになれたらいいのに、と思った。しかし、そんな軽い気持ちで、人を好きになってはいけないとも思った。

手分けして、店内のCD売り場を、隈なく探す。「A」から、順に。紗弥子は、自分の知らない音楽が、アーティストがたくさんあることに、圧倒された。自分が知っている世界は、ほんの一部分で、その中で、澄ました顔をしていることが、恥ずかしくなる。広い世界に行くには、どうしたらいいんだろう。

「あった」

後ろから、肩を叩かれた。振り向くと、緑色のCDケースを手にしている宏樹が、立っていた。

「店員に聞いたよ、そっちのが、早いだろ」

「さすが、ありがとう」

聞けば、良かったんだ。最初から、冬吾に。

紗弥子は、CDを受け取り、まじまじと見つめた。

「これで、合ってる?」

「うん、合ってる」

「紗弥子、このバンド、好きなの?」

バンドだったんだ。それすらも、知らなかった。

「いや、わかんない」

「わかんないんかい」

わからない。ただ、このCDを買うことは、決めていた。

鮮やかな緑色が目に飛び込み、眩しい。

CDショップを出て、適当に雑貨屋や本屋などに足を運び、時間を潰した。ゲームセンターの前を通り過ぎると、「さやちーん」と甲高い声が聞こえた。ハローキティのぬいぐるみを抱えた杏奈が、手を振っている。

「見て、冬吾が、取ってくれたの」

UFOキャッチャーで手に入れたぬいぐるみを持ち上げ、「冬吾って、すごいよね」と笑いかける杏奈は、ヒロインと呼ばれるのに、誰よりも相応しかった。

「別に、大したことないだろ」と謙遜する冬吾を見て、自分の良さをわかってないって、こういうことだよなあ、と紗弥子は思った。

「俺なら、すげーだろ、って自慢しちゃうのに」

宏樹の呟きに、紗弥子は、人差し指を口元に当てた。


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