
まだ友達だと思っていいのかわからないあなたの声がApple Musicから聴こえる【エッセイ&短歌】
まだ友達だと思っていいのかわからない。久しく会っていなかったり、連絡を取っていなかったりすると、私はいつもこの迷いにたどり着く。こちらだけが相手との思い出を大切にしていて、また会いたいと思っているような一方的な関係になるのを過度に恐れてしまう。どうしてそう思うのか、何がそんなに怖いのか理由を考えてみても嫌われたくないという鏡餅の最下段のどっしりとひろがった感情にたどり着くだけで、最上段の小さな蜜柑にはいつもたどり着かない。まだ友達だと思っていいのかわからないと迷いながらも、それでも友達だと思いたい人がいる。れいちぇるもそういう友達のひとりだった。
れいちぇるは私が福岡で暮らしていたときの会社の同期で、入社前の研修で知り合って音楽の話をきっかけに仲良くなった。れいちぇるは一見クールに見えるがよく笑う人で、纏っている空気が涼しく自然体なのに特別なきらめきがある人だった。大学ではバンドをいくつも掛け持ちしていて、歌うことがとても好きなように見えたけれど、卒業ライブを最後にバンドの活動は終了してしまうようだった。私たちがいた会社は入社前に何度も研修があり、れいちぇると知り合った研修の後、しばらく経ってから東京で5日間の研修が行われた。その研修後の夜、会社が用意したやけに清潔なホテルの一室で、れいちぇるはある動画を見せてくれた。それは2016年の高校の文化祭の動画だった。動画の中のれいちぇるは制服姿で、YUIの「I remember you」の弾き語りをしていた。薄暗いステージの中央でスポットライトに照らされ、ギターを持って譜面台の前に座っている。れいちぇるが歌い始めると、私はあっという間に動画の中の観客のひとりになった。聴いたことがある歌なのに初めて聴くような新鮮さがあって、その声の切なさと柔らかさに心は包まれていく。
れいちぇるの声は灯りだ。ベットサイドのランプの暖色のほのかな灯りのようにぽっと灯っている。その夜、私はれいちぇるにこれからも歌い続けてほしいと溢れる気持ちを伝えた。翌日も研修は続くのに、私たちは遅くまで話し続けて、れいちぇるが自分の部屋に戻った後も何度も何度も動画を再生し、その声を聴いた。この人の声は、この灯りは、多くの人に届くはずだと思った。届いてほしいと思った。この日、真夜中の東京のホテルの一室に灯りが灯ったように。
入社後、お互いの部署は違ったけれど私たちの交流は続いていた。特に印象深いのは、れいちぇるが昼の広場で弾き語りをしてくれた日のこと。その日は雨が降ったり止んだりしていた。濡れたベンチに開いたまま逆さまにしたビニール傘を置いて二人で座る。私は帰ってから繰り返し聴けるようにれいちぇるが歌う度に動画に残して、れいちぇるが持っていた写ルンですでその姿を何枚も撮った。れいちぇるは同期で、友達で、なんとなく憧れの女の子だった。

その後、れいちぇるは精力的に活動をしているバンドにベースとして加入し、さらに活動の幅を広げていく。れいちぇるがベースを弾く姿は凛としていてかっこよかった。音楽を続けてくれたことがとにかく嬉しい。それでも、私はステージの中央で歌うれいちぇるの姿を見たい。れいちぇるの声を聴きたかった。
そんな気持ちを抱えたまま、私は福岡を離れることになる。れいちぇるや仲の良かった同期と離れ離れになるのは寂しかったけれど、名古屋の出版社に転職することを決めた。会社を退職するときにれいちぇるは、私の存在が音楽を続けるきっかけのひとつだったと伝えてくれた。私の心から溢れた言葉がれいちぇるの背中を少しでも押していたのだと思うと嬉しくて少しだけ泣いた。
名古屋に引っ越してからもなんとなくれいちぇるのバンドを追っていて、MVが出る度にれいちぇるの姿を見つめていた。れいちぇるが歌うパートのある曲が出たときはうきうきしたし、バンドが掲載されている福岡の雑誌を取り寄せて、紙面に載ったれいちぇるの姿を友達に自慢した。
名古屋に来て二年が経った頃、れいちぇるはバンドを卒業した。もう音楽は辞めてしまうかもしれないとSNS越しにうっすらと感じていたけれど、私はれいちぇるの声を心のどこかで待ってしまっていた。

れいちぇると出会って六年が経つ2025年にその声をApple Musicで聴いた。れいちぇるが始めたソロプロジェクト、plumsiumの1st single「zzz」の配信リリース日だった。灯りのような声はさらに洗練されて、言葉と言葉の間がとけて気持ちよく繋がっていく感覚があり鳥肌がたつ。歌詞やアートワークもれいちぇるの声や雰囲気にぴったりと寄り添っているようだった。この日をずっと待っていたと思うと心の中に光を感じて、れいちぇるのことを今すぐ書きたいと思った。

各音楽配信サービスへのリンクはこちら
偶然にもこの連載の私の担当月に、「zzz」はリリースされた。れいちぇるの歌が私の心に灯ったように、たくさんのひとに届いてほしいと願う。私も短歌や文章を書くことを、届くことをあきらめずにいたい。まだ友達だと思っていいのかわからないなんて、自分を守る寂しい言い訳はせずに、福岡に帰ったときは憧れの女の子に素直に会いに行きたい。「zzz」を聴きながら。
【短歌】
あなたの声があの日教えてくれた夢 灯りのようにともり続けて
吉岡優里(よしおか・ゆり)
1997年福岡県生まれ。愛知県在住。
短歌結社まひる野に所属。第69回まひる野賞受賞。
短歌グループtoi toi toi所属。
Ⅹ(旧Twitter)@yuri_yo4
Instagram @yuriiii_12
いいなと思ったら応援しよう!
