【短歌&エッセイ】ライブハウスとケーキ
テキスト・短歌/吉岡優里
誰かを一方的に見つめることが許されているとライブを観る度に思う。その代わりにぜったいにつまんない顔をしてはいけない気がしてしまう。ステージからわたしの顔がはっきりと見えているとは思わないが、ライブハウスの大小にかかわらず、あなたの音楽に魅了されていますという顔でステージをまっすぐに見つめていないと自分が許してくれないときがある。ほとんどの場合、心から魅了されているのだが、その日の体調や気分、曲をそんなに聴いていないのに誘われて観に行ったライブなど、様々な理由でごく稀にライブに集中できないときがある。あまりにも体調が悪く、冷や汗をかきながら、はやく終わってくれと心の中でつぶやくとき、カラフルなケーキが見える。
高校時代、わたしは友人とお揃いのバンTを着て、お揃いのタオルを首にかけて、夏の街を走っていた。もうすぐライブが始まるのに道に迷ってしまい、わたしたちは汗をかき始めていた。なんとかライブハウスに到着し、開場の時間に間に合った。そんなに大きくはないライブハウスの中央の端で、わたしたちがカラオケでいつも歌う大好きなガールズバンドの登場を待った。出てきた! と思った瞬間に鳥肌がたち、ずっと画面上で観てきた彼女たちが目の前に存在すること、そこにいることに泣きそうになる。いるんだと思った。曲が始まり、友人とときおり目を見合わせながら感動を分かち合う。気分はさいこうだった。
ライブは中盤に差し掛かり、わたしはずっと無視していた身体の異変に向き合わざるを得なくなった。きもちわるい。ボーカルのあまい声を聴いて心地良くなった心を胃が邪魔をする。「胃が痛い」と友人に言えたのはもうすでに限界が訪れていたときだった。ライブハウスを出ようと動いた瞬間、うれしいもかなしいもすべてが分からなくなり、わたしは吐いた。吐きながらかなしみは追いつき、ボーカルの甘い声が聴こえる。今日のために用意したグッズのタオルでわたしたちは懸命に床を拭いた。そして、すぐ隣にあったゴミ箱にタオルを捨てた。周りのひとはライブに夢中でわたしたちの後方の数人しか気づいていないように見えた。ごめんなさい、ごめんなさい、とここにあるすべてに謝った。床を拭き終えても立ち上がれず、わたしはしゃがみ込んでいた。友人は背中をさする手を止めずに「大丈夫?」とわたしに問いかける。ステージではMCが始まり、さっきまで吐しゃ物があった場所に涙が落ちた。
「みんな体調わるくない? 大丈夫?」
ボーカルの声が耳に届く。見えてるんだと思った。胃が少し落ち着き始めて、友人と急いで外に出た。ライブハウスのスタッフの方に事情を説明し、しばらくの間、風に当たっていた。いますぐ消えたいと願うように思ったが、グッズのタオルの吸水力が高く、目で見る限り床をぴかぴかに拭けたことは救いだった。
こうなった原因はすべて自分にあった。わたしたちはライブの前にケーキとパスタとアイスをこれでもかというほど胃に詰め込んでいた。昼食に食べ放題を選択していたのだった。この頃のわたしは、食べれば食べるほど人を楽しませることができるという確信があった。「見た目のわりによく食べるよね」と笑ってくれる友人をもっと笑わせたかった。それはたぶん、目の前のひとを幸せにしたいということではなく、シンプルに好かれたかったのだと思う。笑ってほしい、もっとわたしを好きになってほしい、いちばんの親友でいたいという気持ちがわたしの口に色とりどりのケーキを運ばせた。ずっと笑ってくれるならいつまでもいつまでも食べ続けられてしまう気がした。生クリームが薄く張り付く水色のプラスチックのお皿を手にして、ケーキたちが待つ、透明な硝子ケースへと歩いた。