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22歳に1日だけ戻れるなら

22歳に1日だけ戻してあげる。と
いわれたら、アルバイトしていた焼き鳥屋
で働く。
今はもうない店。

わたしは一人暮らしで、遠くに恋人は
いたけど、こどももいなくて、親も元気で
わたし以外の誰の事も考えなくてよかった。
わたしにも、そんな頃があった。

お店は、街の繁華街からだいぶ離れた場所に
あって、観光客など皆無だった。
常連さんと、近所で働く人と、近所の家族しか
来ない店。だけどみんなに愛されていた。

「やきとり大将」なんて、チェーン店みたいな
名前だけど、個人店。
カウンター12席、畳の座敷が3つの
こじんまりした店。

がら、と戸を開けると、右側にわたしより
早い時間から、毎日いる常連のおじさん。
今日も1人で美味しんぼ読んでる。何周め?
おじさんの隣に本棚。
美味しんぼ。こち亀。課長島耕作。ゴルゴ13。
最高。

そのとなりにまた、1人でほとんど毎日来る
おばさん。

「お姉さんビール」

といわれて、ガラス戸の冷蔵庫から
瓶のクラシックラガーと、小さいグラスに
氷を入れて出す。
この人は、ビールをロックで飲むから。
店でだす瓶のビールは、スーパードライと
クラシックラガーのみ。最高。

トイレ横で、うっすい水色の
「やきとり大将」て
書いてあるTシャツに、ぱっと着替える。
これが、100点満点の焼き鳥屋のTシャツ。

大将は、堅い備長炭で、焼き鳥を焼く。
アルバイトには焼かせない。

わたしに、もろきゅうの注文が入る。
小さい包丁を2本使って、きゅうりを
お花の形に切る。カウンターに座っている
客が手元をのぞいてる。

一年中おでんがあるから、注文されたら
木のフタを開けて、おでんを入れる。
なるべく、しみてるやつから。

突き出しは季節に関係なく、冷奴一択。
固めの絹ごし豆腐に、
冷やしたスライスオニオンを
手でつかんで乗せる。豆腐が隠れるほど。
味の素をふったら、ごま油をじゃっ。
醤油をじゃっ。
できあがり。これが超おいしい。

もみじおろしもつくる。
大根に、箸でぶすっ、ぶすっ、と穴をあけ、
とうがらしをブッ刺して、おろしたら、 
きれいなもみじおろしの完成。

牛すじ煮の注文がはいるから温める。
これはママの手作りで、絶品。
この街では、割烹だろうが、スナックだろうが
レストランだろうが焼き鳥屋だろうが、
その店のおかみさんのことはママって呼ぶ。

ママは今日も、Tシャツの袖を肩までまくる
ノースリーブスタイル。
年中、小学生男子みたいな、カリアゲくん
みたいな髪型で、化粧もいっさいしないけど、
耳にでっかいダイヤモンドのピアスを
している。これも年中。
「これはほんものよん」
と言ってたから、たぶん本物のダイヤモンド。
一点主義。

客の愚痴も、嫌味も、全部、
にへら〜 
と笑って、かわしてしまう人。
「学がないんで」
が口癖で、バカなふりをして、一番自分を
下におくけど、ほんとはめちゃくちゃ賢くて、
情があって、根性がある。
わたしたち、アルバイトの女の子たちの
事をおちゃらけて、
「お嬢様」
って呼んでくれる。とにかくいつも
おちゃらけている。おちゃらけ役に徹するが
絶対まずいものは出さないし、ぶれない。
店を守る覚悟が伝わってくる。
自分の愚痴は言わない。悪口も言わない。
ほんとうの、いい女。

わたしに、伊勢うどんの注文がはいる。
冷凍庫から、本場の伊勢うどんの冷凍うどんと
たれを取り出す。
うどんをゆでるあいだにネギと卵を用意する。
伊勢うどんは太くてやわらかい、コシのない
うどん。
ゆであがったら、湯切りしてお椀にうつして、甘めで濃いめのタレをかける。
そこに細かいねぎをたっぷりと、
生卵をおとしたら出来上がり。
かき混ぜて食べてもらう。
北陸で伊勢うどんを出すのは、大将の
ふるさとが伊勢だから。
わたしは伊勢、行ったことないから、
わかるのは伊勢うどんのことだけ。

大将はほんとうは、伊勢に帰って、
店を出したいのだ。
この伊勢うどんは大将のふるさとの誇り。
それから今の場所への反逆かも。

大将は無口で、しゃべるとき、緊張しいで
目が泳ぐ。
話し出す時、最初に、

「チョットォ〜」

とつけるのが口癖。気が弱くてひとみしり
な大将と、大将よりだいぶ年下だけど
おおらかで海のようなママ。

ぼんじりが焼ける。シロが焼ける。レバーが
焼ける。わたしが次々と持っていく。
大将の焼き鳥は絶対おいしいから、鼻が高い。
えっへん、と思いながら、お客さんに出す。
自信まんまん。わたしは焼いてないけどね。

お客さんから冷酒の注文。
冷蔵庫から八海山の一升瓶と、一合マスに
ガラスのコップをすとんと入れて持っていく。
お客さんの前でお酒を、なみなみこえて
升に溢れさす。このときの嬉しそうなひとを
見るのがすき。

お茶漬けもわたしが作る。
お茶じゃなくて、出汁をかける。
市販のお茶漬けのもとだけど、最後に
おっきな梅干をどん、とのっける。

23時になったら、お仕事は終了。
わたしのごはんは、生ビールとおでん盛り。
カウンターに座り、流れている
スポーツニュースを、見るともなく
見ながら食べる。

まだお店にいるお客さんに、
ごゆっくりどうぞ、
と言って帰る。

ごゆっくりどうぞ。
皆さんさようなら。
また来世会いましょう。



あんころうさま
イラスト使わせてもらいました。
ありがとうございました!

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