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#推薦図書 安部公房とわたし
まもなく12月が来る。
9月にnoteを始めて以来、日常生活をこなしながら週2回の投稿を目標にしたら最初に犠牲になったのは読書のための時間であった。
私の場合、良質な記事を書くためには夜の街に出る必要があるからだ。
遊び歩くのは楽しい。
だけれど今は使い終えたびっくり箱の蓋を閉め直すピエロの気分。
舞台袖で、お客さんには見られないように。
誰か、頬に泪を描き足して。
狂おしく胸を掻き毟るくらいの恋愛物を読みたいと思い立ち、紀伊國屋書店へ。
手にしたのは『安部公房とわたし/山口果林』
女優山口果林が作家安部公房と24年間の不倫生活を綴った一冊。
2013年刊行。
表紙の山口果林が美しい。
化粧っ気のない顔にざんばら前髪、半目の写真すらも目が離せないような不思議な引力がある。
既に私も"公房の愛人"という色眼鏡で彼女を見ているからなのだろうか。
無邪気な笑顔を浮かべる姿そのものを物語るようなエピソードから記述は始まる。
公房が亡くなる直前のこと。
山口の自宅で具合の悪くなった公房。
二人の関係を知る担当編集者には連絡がとれず、公房の妻・真知にまで電話をするも『娘(公房の娘は医師)に折り返し連絡させます』と冷たくあしらわれる。
一刻を争う緊急事態にも関わらず山口は一方的に電話を切られたこともやむなしと、淡々と語る。
泥棒猫の分際でしゃあしゃあと本妻に支持を仰ぐその姿は恐ろしいほどの緊張感に包まれて、この世のものとは思えない美しさを放っていたのではないだろうか。
素人の私から見ても、文章は決して巧くない。
一度しか登場しないような人物にもいちいちフルネーム込みの冗長なキャプションがついており、それが読み手のリズムをことごとく崩す。
なおかつ一生懸命覚えても彼らの多くが二度と登場しないし、そもそもの時系列も表記もバラバラ。
きっと本人にとってはそんなことよりもずっと伝えたいことがあったから、その不味ささえも置き去りにされているのだ。
読み進めてみると判るが、彼女は若い頃から一貫してドライで自立願望の強い女性のようだった。
山口は朝ドラヒロインが決まった時期に堕胎している。
文庫版にしてたった11行、あっさりと事実だけが書き綴られていた。
18歳 安部公房と出会う
22歳 交際
24歳 堕胎
32歳 俳優座退団
46歳 安部公房死去
66歳 本書刊行
そして今現在山口果林は70歳だ。
私が調べられる限りでは、山口は一度も婚姻した形跡がない。
泰然自若と堕胎までやってのけた山口が大きく感情を取り乱す場面がある。
舞台美術家でもあった安部夫人との軋轢が原因で32歳で俳優座を去る際のことだ。
錯乱した夫人からの口撃に萎縮、消耗してゆく。
しかし憔悴しきっていたであろう山口の描写に私はなぜか精神的な成熟を感じた。
今までの山口はあまりに強靭すぎたのだ。
未熟さゆえに冷静で、未熟さゆえに残酷だった。
一方的に流れ込んでくる他人からの憎悪の感情に、戸惑いながらも苦悩した結果彼女は"怯える"という感情を得て、皮肉なことにその経験は彼女の女優という人生を更に豊かにしたことだろう。
人が、女が、美しい盛りの24年間を捧げるということの覚悟がこの本には散りばめられている。
安部公房の一人娘・安部ねりによって書かれた伝記には、綺麗さっぱり山口の存在は消し去られているという。
透明人間にされた自分を振り返る意味で綴ったという本書とその伝記を2つ合わせて読むことでより公房を知ることができるのは分かっていても、この読後感からそんな気力は生まれはしなかった。
2冊を比べて読んでしまったら、我々も傍観者ではいられない、小さな声であろうとどちらか一方に軍配を上げる義務を負ってしまいそうで、そんな面倒は御免だと強く思った。
私は誰のことも裁くことなく傍観していたいのだ。
狂おしく胸を掻き毟るような恋愛物が読みたかった私ではあったが、そもそも私の中に狂おしいほどの恋愛を感じ取るだけの素養のないことに気付かされてしまった。
人を愛するってなんですか。
たった一つ与えられたこの身すらも愛することができないというのに。
こちらは今年5月に出会い系サイトに投稿した記事に加筆修正したものです。
この記事がきっかけである人物と出会い、もっと人の目に触れるところでの活動を勧められた末に私が選んだのがnoteでした。
出来不出来は別として、私の人生を変えた1本の記事であることは間違いありません。
ここまで読んでくださっている方々の前で、おそらく多忙で読んでくれないであろう(笑)特定の個人にお礼を言うのは心苦しいのですが、私もなかなかの天の邪鬼で直接会うと憎まれ口ばかりきいてしまうのでここで言わせてください。
〈私を見つけてくれて、ありがとう〉