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哲学:現代思想の問題点④ゲーデル

§4 クルト・ゲーデル(1906~1978)
 クルト・ゲーデル(注37)という人がいる。不完全性定理(注38)で有名だ。
 この不完全性定理が書かれた論文のタイトルは、以下である。
 『プリンキピア・マテマティカとそれに関連する体系の形式的に決定不可能な命題について』(注39)
 ここで言う『プリンキピア・マテマティカ』は、ニュートンの著作ではなく、ホワイトヘッド(注40)とラッセルの共著である『プリンキピア・マテマティカ』(注41)である。この著作は記号論理学の本で、あるシステムの中で、無矛盾性と完全性は存在するかどうか議論している。ゲーデルはこの本に言及して、不完全性定理を導き出した。
 ゲーデルの不完全性定理は、論理学、数学における不滅の金字塔と言われている。背景はこうだ。
 20世紀初頭、欧米で、ヒルベルト・プログラムという運動が起きて、算術、代数学、幾何学、解析学、微分積分、確率論、統計論、そして情報数学などで、全ての数学を統合し、数学全体の完全性と無矛盾性を構築しようとしていた。ヒルベルト・プログラムというものも、行き過ぎた理性主義の一環だろう。不可能なプロジェクトだ。
 理性は最高、完全を求める傾向がある。そして中道から外れて、外道に堕ちる。ゲーデルは、不完全性定理を証明した事によって、数学的にも、論理的にも、完全で、無矛盾のシステムを構築する事は、そもそも無理だと明らかにした。よく考えてみれば、人間に完全で、完璧なものを作る事はできない。人間は神ではない。
 このゲーデルの不完全性定理は、行き過ぎた理性主義を止める効果があった。人々を理性の迷妄から覚ます効果があった。だが一部、誤解され、一部、失望を招き、またある人たちは、ヒルベルト・プログラムを続行した。
 ゲーデルは、正真正銘の天才だった。アリストテレス以来、発展が止まっていた古代形式論理学を完成させただけでなく、1931年、若干24歳で、人間理性の限界まで、初めて証明してみせた。論理学の天才、数学の天才だった。
 だが不完全性定理が証明されるまで、人類は理性に限界はないと思っていた。理性は完全で、正しいルールさえ構築すれば、そのシステムの中で、証明できないものなんて、ないと思っていた。まさに人類の夢、理性の勝利だ。
 ゲーデルはこの幻想を打ち砕いた。この人の業績が与えた学問上の衝撃は計り知れない。何よりも、理性が万能でない事を、証明してしまったのだ。当然、反発はあった。当時は皆、ヒルベルト・プログラムに賭けていたのだ。
 ヒルベルト・プログラムを考案した人は、ダーヴィット・ヒルベルト(注42)と言う。ケーニヒスベルク出身だ。またもやケーニヒスベルクだ。ここは何かあるのか?失われた東プロイセンの故地で、消滅したドイツの都市だ。現在はロシア領で、カリーニングラードと言う。飛び地で、ロシア本土から離れていて、繋がっていない。
 話が逸れた。ゲーデルの不完全性定理は、よく以下のような寓話で、説明される。

 昔々、ある処に、正直者と嘘吐きが共に生きる村があった。
 正直者は本当の事しか言えなかったし、噓吐きは嘘しか言えなかった。
 だがある時、「俺は嘘吐きだ」と発言した村人が現われた。
 さて、この村人は、正直者か?嘘吐きか?
 
 答えは、どちらでもないだ。
 正直者であるならば、「俺は嘘吐きだ」と嘘は言えない。
 そして噓吐きであるならば、「俺は嘘吐きだ」と正直に言えない。
 全く屁理屈のように聞こえる。
 だが「俺は嘘吐きだ」と発言する村人は、どちらでもない。
 村のシステムで、証明できない。
 この村人は、村の掟で証明できない事を発言している。
 システムから飛び出した発言で、この村人はルールの外側を歩いている。
 これは自己言及性のパラドックスだ。
 あなたは矛盾していない事を、あなたは証明できないのだ。
 
 少し、分かり難かったかもしれない。もう一回行く。
 この村では、正直者と嘘吐きを、完全に分けたかったので、それぞれ組合を作る事にした。
 「正直者組合」の会員の資格は、正直な発言をする正直者だ。
 「噓吐き組合」の会員の資格は、嘘の発言をする嘘吐きだ。
 村人を「正直者組合」と「噓吐き組合」に分ける事ができれば、村の掟は完成する。
 村の掟は、完全なシステムとなり、完璧なシステムだ。矛盾もない。無矛盾だ。
 この村でも、ある種のヒルベルト・プログラムが起きていたのかも知れない。理性の熱狂だ。
 正直者たちは、嘘吐きを避けつつ、「正直者組合」に次々と村の正直者を入れて行った。
 だがある時、「オレは正直者組合ではない」と言う村人が現われた。
 この発言は噓吐きには不可能な発言なので、この村人は正直者だろう。会員の資格がある。
 また「正直者組合」に入っていないという発言内容も正しい。
 だが「オレは正直者組合ではない」と言っているので、「正直者組合」に入れない。
 この村人を強引に「正直者組合」に入れても、「オレは正直者組合ではない」と言っているのだから矛盾する。
 だからこの村人を「正直者組合」に入れると、村の掟が破綻する。システムが矛盾する。
 結果、正直者たちは、この村人を、正直者と分かりつつ、「正直者組合」に入れず、放置するしかなかった。
 ああ、またもやヒルベルト・プログラムは完成しなかった!理性の何と不完全な事か!
 
 システムのルールで決定できないものを、ゲーデル命題と言う。
 この場合、「オレは正直者組合ではない」と言う村人が、ゲーデル命題になる。
 ここにシステム内に、自己言及性のパラドックスを抱えている事が分かる。
 なおヒルベルト・プログラムというものは、人類が必ず経験しなければならない理性の病、麻疹の類だろう。
 ここから導かれる結論は二つある。

・第一不完全性定理 システムAが正常である時、Aは不完全である。
「オレは正直者組合ではない」と言う村人がいるせいで、システムが不完全になる。
・第二不完全性定理 システムAが正常である時、Aは自己の無矛盾性を証明できない。
システムが不完全という事は、矛盾が生じている可能性がある。

 ゲーデルは、このように、理性の限界と、システム内にどうしてもバグが発生する事を証明した。ITであれば、無敵の一言、「仕様です」で片付けられるかも知れないが、それは実践理性によって要請される神みたいなものであり、おこがましくも純粋理性に寄って立つならば、素直に理性の限界を認めるべきだろう。
 ゲーデルは晩年、何を考えていたのだろうか?何と、神の存在証明である。デカルト(注43)以来、西洋哲学では哲学者の十八番だ。ゲーデルは、ライプニッツ(注44)の神の存在証明を改変した。一体何がゲーデルをそうさせたのか、興味深い話ではある。晩年ゲーデルは母親に、神学的手紙と呼ばれる一連の手紙も送っている。
 他にも、数学実在論という議論も提唱し、もし人間が数学を作ったのならば、数学は人間が与えた以上の内容は持たない筈だ。だが現にそうではない。ゲーデル命題が存在する。不完全性定理がある。人間とは関係なく存在する対象がどうしても出て来てしまう。それが数学的実在だと言った。これは一種のイデア論だろう。
 ゲーデルは、以下のような三段論法を考えていたようだ。なお三段論法は、推理の形式が正しいだけなので、内容の正しさは保証していない。だからデーモン等の言葉を入れて、同じ三段論法を作る事もできる。だがゲーデルは、来世という言葉を選んで、代入している。

 世界は、合理的にできている。
 もし来世がなければ、世界合理的にできている理由がない。
 ゆえに、来世は存在する。
 
 これが、記号論理学、数学の世界で、アリストテレス以来の天才が、最晩年に考えていた事である。
 このゲーデルという人は、アナザーソクラテスだろう。汝自身を知れ、無知の知を地で行っている。
 天は、神は、黒頭どもに、理性の限界を教えるために、このような天才を送り込んだのかも知れない。
 上記、高橋昌一郎氏(注45)の著作(注46)の議論を、分かり易く、書き換えてさせてもらった。感謝する。

 世界をあるシステムと捉えた時、分類できないもの、決定できないもの、明らかにできないものがある。神秘だ。神秘は存在するが、理性で捉えられない。神、霊魂、霊界などはまさに、ゲーデル命題であるだろう。考えてみれば、当たり前の事を言っている。だが厳密な数理の世界で、それを証明した意義は大きいだろう。つまり、AIも不完全で、必ず矛盾を内包している。
 ゲーデルの最期は悲惨だった。パラノイアに陥って、自室で餓死した。なぜ天才は自殺するのか?理解されないからか?この世は苦しみの世界である。生き難い。だから旅立つ。この世で我が世を謳歌する人は、本当の世界にいない。偽りの世界にいる。この世は仮の世だ。だからこの世は完全な世界ではない。矛盾し、不完全に出来ている。

注37 Kurt Gödel(1906~1978)Österreich America
注38 Gödelscher Unvollständigkeitssatz  Gödel's incompleteness theorems
注39 『Über formal unentscheidbare Sätze der Principia Mathematica und verwandter Systeme』1931
注40 Alfred North Whitehead(1861~1947) England America
注41 『Principia Mathematica』Alfred North Whitehead/Bertrand Arthur William Russell, 3rd Earl Russell1910
注42 David Hilbert(1862~1943) Deutschland
注43 René Descartes(1596~1650)France
注44 Gottfried Wilhelm Leibniz(1646~1716)Deutschland
注45 高橋昌一郎(1959~現在)日本 國學院大學 
注46 『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在証明』高橋昌一郎著 1999年

                              ⑤に続く

哲学:現代思想の問題点⑤最後の神

 

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