あの日、ELLEGARDENの音楽があったから
音楽と出会うには、おおよそ文脈がある。兄弟が好きなアーティスト、映画やドラマで流れる主題歌、クラスメイトに借りたCD。聞いているうちに、好きなバンドが生まれて、なんとなくの系統ができていく。
私にとってELLEGARDENは、そのどれでもなかった。まるで突風のごとく。ある日ケーブルテレビの音楽チャンネルに流れる「Red Hot」に釘付けになった。一瞬にしてぐっさりと射抜かれてしまったのだ。
MVの舞台である廃墟を切り裂くような疾走感に、洋楽バンドと間違えるほど綺麗な発音の英語詞。え、日本のバンド??めちゃくちゃカッコいいんだけど!!!「見つけた」と思った。私のど真ん中を貫く音楽を。私がきっと夢中になる音楽を。
「Red Hot」が収録されたアルバム『RIOT ON THE GRILL』と、一年後に発売されたアルバム『ELEVEN FIRE CRACKERS』のリリースツアーに参戦し、野外フェスに出ると知れば会いに行った。エルレの楽曲をより深く理解できるようになりたくて、私は英語を勉強しはじめた。
ところが、そんな日々は長く続かなかった。エルレに会えたのは、2007年が最後。晴天の霹靂だった活動休止。当時、メンバーから詳細が語られることはなく、音楽雑誌のインタビューにある細美さんの混乱や悔いに近い言葉だけが心にずっしりと深く刻まれた。
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私には、ずっと忘れられない音色があった。活動休止の翌年。2009年。細美さんが立ち上げたソロ・プロジェクト the HIATUSが1stアルバム『Trash We'd Love』発売に伴い、リリースツアーを行った。彼が作る音楽を純粋に愛していた私は、ある日の会場にいた。
ライブの前半に披露された、アルバムの一曲目「Ghost In The Rain」。エルレの休止後、初めて届けられた音楽だ。
なんて哀しい音を奏でるのだろう、と思った。本心で音楽を作る人が生んだ"ghost"という表現に、やるせない気持ちでいっぱいになる。
細美さんは、メンバーは、どういう気持ちで、今を過ごしているのか。エルレがどれぐらい休むのかも、また活動を再スタートさせるのかも、何も分からない。ただ、真摯に音楽を作り続ける人の姿がそこにあった。気持ちの折り合いがつかず、ライブの爆音に紛れてめそめそと泣いた。
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あれから10年以上の月日が経ち、2023年7月15日 ・グランメッセ熊本「Get it Get it Go! SUMMER PARTY 2023」。ようやく、ようやくエルレに会える日がきた。会場へ向かう新幹線の中で、これまでの様々な出来事を思い起こす。
活動休止から3年後、アメリカへ飛び立った私は思いがけず長居することになり、活動再開のライブも、コラボツアーもフェスも、チケット争奪の輪にすら入れなかった。自業自得だけれど、悔しくて、もどかしかった。今も国外の遠いところに住んでいるし、子どもが二人いる。そんな自分がライブ時にたまたま日本にいて、当選して行けるなど奇跡なのだ。
買ったばかりのBluetoothイヤホンで最新アルバム『The End of yesterday』をリピートしながら、新幹線に揺られる。
車内にはライブTシャツを着ている人がちらほらいた。私と同じような年齢の人も多い。男性と女性の比率は半々ぐらいだろうか。勝手に仲間意識を持ちつつ、誰しもそれぞれにエルレとのストーリーがあるのかと思うと、気が早くも瞼がじんわり熱くなった。
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アリーナスタンディング。中の上ぐらいの整理番号。肉眼でしっかり見える場所だ。開演前。04 Limited SazabysのGENさんとBRAHMANのTOSHI-LOWさんのインタビューが映し出される。ダイブやモッシュの在り方を含めたこれからのライブシーンについて。熱狂や高揚を否定はせず、誰かが悲しい思いをする場所を作ってはいけないという強い意志が感じられた。
メンバーと親交が深いというFM802の大抜卓人さんがオープニングアクトMCとして登場。このライブに対していかに思い入れがあるか。それは自分だけじゃない、ここにいるみんなにとってそうなのだと、自然と一体感を醸成してくれるメッセージが添えられた。
エンターテイメントだ。自分の中にあるほんの微量の毒っ気がそう思わせた。
16年ぶりとなるエルレのライブ。Zeppクラスの小さな箱や地方のフェスでしか観たことがなかった私は、こうした演出に触れるのが初めてだった。彼らがなんだか遠い存在になったようで、少し物悲しさを感じてしまったのだ。チケットが当たっただけでも喜んでいたのに、どうして人間は、もとい私は、こんなに欲深いのだろう。
うっかり出る邪気をぶんぶん払い除けつつ、メンバーの登場を待つ。無事ライブを終えたらnoteにレポートを書きたい。どうにかこの空間を詳細に記録できないかと考えていたけれど、思考に留めておくよりも、感じたままに心へ刻み込むことにした。
温度や体感、喜怒哀楽、心が震えた瞬間。聴く人それぞれの感受性や投影により、音楽は形を変える。全25曲。ここから連ねるのは、あくまで私個人の感想だ。等身大の偏差値で書き記していく。
ライブステージ。まばゆい照明の中に、記憶の中で追いかけていたメンバーの立ち姿が見えた。
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始まりは「Breathing」。『The End of Yesterday』2曲目にあたる楽曲。どんなアーティストのライブでもオープニングは重要であり、この曲が選ばれたのはどうしてだろうとつい考察してしまうのだが。アルバムでは先行リリースされた「Mountain Top」の次に配置されているため、エルレが表現する新たな世界観を引っ張っていく立ち位置なのかもしれないと思った。
いやいやいや、だからそんなごちゃごちゃ考えるんじゃなくて、ただライブを感じるんだってば。Don't Think, Feel. 私の中のブルース・リーが肩を叩いてくる。そして、こんな調子じゃ一生書き終わらないから少し生き急いだほうがいいとも。
続いて、目眩のような高揚イントロを放つ「Space Sonic」。待って待って、こんな急にトップギア入れるとかある???エルレがいたずらっ子みたいに笑う。心は追いつかないのに心臓だけがまるごと持っていかれる謎の分離現象。さらに「Supenova」の畳みかけ。過去、ライブのオープニングで何度も聴いたナンバーに、あっけなく涙腺が崩壊してしまった。考えるより先に泣いた。Feelしてる。
ううう、ずっと会いたかったよう。
じめじめした彼女か、と己に突っ込みたくなるテンションを吹き飛ばした次曲の「チーズケーキ・ファクトリー」。"ティダ・ラ・バダ We get it, get it, go"という甘い魔法のお歌詞に会場中の人が弾け飛ぶ。アメリカに住む私には、馴染みのあるレストランの名前。エルレと自分の世界が重なる。そして続く「Mountain Top」。新たなELLEGARDENの幕開けとなったこの楽曲は多くの人にとって思い入れ深いものだと思う。エルレが今奏でる音に出会えた喜びが想起され、過去の曲とは違う種類の涙が滝のごとく流れる。
そう近年のエルレに思いを馳せていたところにぶち込まれたのは「Fire Cracker」。休止前の緊迫感を思い出す『ELEVEN FIRE CRACKERS』シリーズは、なぜか耳にするだけで胸の痛みを伴う。そんなホロホロと崩れそうな心に次曲の「Stereoman」が鳴り響く。エルレの音楽に孤独を救われた者たちへ捧げられる歌。
さらに、ここからの連打がものすごかった。「風の日」「The Autumn Song」「No.13」「Missing」。ベストアルバムさながらの並びに息も絶え絶えで、いま私が見ているのは走馬灯ですか?と思った。もうそれでもいい。心の真ん中にずっとある楽曲を、目の前でエルレが歌っているという天国がここにある。
最高潮に沸騰した会場を、新しいナンバーの「Perfect Summer」が爽やかに宥める。個人的に大好きな楽曲。この一瞬が永遠であればいいのに、と願う夏の歌。これまでとは違った作風にも感じるけれど、パーフェクトと名のつく楽曲なのに、こんなにも切なく仕立て上げるのがエルレならではの気がするし、エルレだけだとも思う。
しっとりした空気の中に細美さんのMCが入る。季節外れなんだけど1000個のプレゼント持ってきたよ、と始まった真夏の「サンタクロース」。歓喜のツボ押し。君にぜんぶあげるなんて歌いながらも次曲に演奏されたのが「Sliding Door」なものだから、 情緒のシーソーゲームがえぐい。"The sliding door is closing" ってどういうことよ、贈り物を受け取れないじゃん…否、Feel。生形さんのギターが凄すぎて、鬼気迫った生き物みたいだった。語彙力くれ。
夏の終わり、サンタクロース、閉じゆくスライドドアと切なさの具現化3部作の後、これで終わってたまるかよ!と言わんばかりに「Salamander」のイントロが静寂を切り裂いた。ただただもう、文句なしにかっっっこいい。リリースされた当時、他を寄せ付けない無双感を感じさせながらも、"Just keep it going and going"と自分に言い聞かせる姿はあまりにストイックで、いつか空中分解してしまいそうな危うさがあった。だからエルレが笑って演奏しているだけで泣けてくる。
そして、再びの走馬灯ゾーン。「ジターバグ」「虹」「Make A Wish」「スターフィッシュ」という往年のオールスターみたいな布陣。こんなん勝てるわけねえだろ。何度も繰り返し耳にした曲たち。エルレの音楽は、差し出される救いのメッセージとは少し違う。傷だらけになりながらも前を向く本人たちの姿に、見ているこちらが勝手に励まされる。歌詞とメロディが、自分自身の奥や底に眠っている力を刺激する。生きる希望が湧いてくる。
そうした楽曲を手渡された後に始まった「瓶に入れた手紙」。季節も時間も、あっというまに過ぎ去ってゆくけれど、あの頃に留めた記憶が今に繋がっているんだとしたら。待っているのは、まさにこういう瞬間なのだと思った。だから人は、どうにかして言葉や音楽を残そうとする。それは時空を超えて、顔も知らない誰かに、いつかの自分に、思いがけない形で届く。
ライブのエンディングを飾るのは「Strawberry Margarita」。活動再開後にリリースされた2枚目のシングル。ビーチ沿いを歩くかのような軽快なサウンドに"I'm glad to finally find, I'm glad to finally find you" と繰り返される歌詞は、まさにこの夏を体現しているかのようだった。見つけられて、会えて、よかった。あなたに。
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アンコール。一曲はメンバーもお気に入りだという「Goodbye Los Angeles」。最新アルバムでラストを飾っているこの曲。聴きすぎて大好きすぎてサビ始まりの" Because"だけで酒が飲めるのだが、終幕として演奏されるのにこれほど相応しい曲もない。たくさん季節が巡って、たくさんのシーンがあって、そんな時間もどうしたって終わりを迎えてしまうのだけれど、まだ戻ってくるね、と温かさを感じる歌。
そんな、ほんの少し前に手に入れたような未来を思い出と一緒に投げ捨てる「高架線」。そう、こんなにキラキラした時間だって人生の通過点だ。昨日は終わり、今日を経て、明日へ続いていく。ライブの終演を覚悟し、寂しさが芽生えた空気をスピード感ある「モンスター」が兄貴みたいな頼もしさで包み込む。手にしたものが正解かなんて誰にもわからない。この曲は、不確かなままで挑戦を繰り返す彼らの姿そのものだし、お前らもそうあれよと言われているようだ。
ダブルアンコール。エンディングの幕引きを彩るのは「金星」。あぁ、エルレはずっと変わっていない。ところどころに挟まれたMCでは、とにかく今日という時間を楽しみたいこと、みんなと会えてうれしかったこと、そして、周りなんて気にせずにやりたいことはやったほうがいいよ、といったメッセージを伝えてくれた。
それは、十何年前と変わらない、一貫して伝え続けてくれている言葉だった。あなたのため、なんて綺麗事は絶対に言わない。とてもぶっきらぼうな、でも本心からの温かい言葉。
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ライブを観ているうちに、胸に刺さったままの思い出がじわじわと、でも確信を持って塗り替えられていくのがわかった。2009年。あのとき、ライブ会場で見た忘れられない光景。the HIATUSを通して細美さんが奏でていたのは、決して哀しい音なんかじゃなかった。
とても美しかったんだ。
人生を賭けていたはずのバンドが活動休止。そんな絶望の淵に立たされる中で、一筋の光のごとく作り続けた音楽。痛みさえも包含した音色は、とても儚くて、強くて、眩しかった。もう一度立ち上がる人の姿は、無条件に美しい。
新しいバンド形態のスタート。サポートメンバーとしての演奏。休止期間で増強されたはずの血肉があり、今のELLEGARDENを作っている。そう思うと、彼らがこれまで作ってきた音楽は、休止と再開を経てさらに説得力を増しているし、生き様そのものとして映る。
私は、憧れてやまないのだと思う。どんな逆境やプレッシャーに立たされようとも、決して妥協することなく音楽を作り続ける。自分と目の前にいる人たちとの約束を必ず果たす。そんな、一途で真っ直ぐな彼らのこと。
成し遂げたい目標など、いつまでたっても見つからないし、毎日を生きるのだけで精一杯だ。けれど、そんな人生にも、そんな人生だからこそ、耐えきれずに涙した夜や眠れずに迎えた朝がいくつもあって、心が砕けそうな日を全部ちゃんと乗り越えてきた。だって、どんな日にもELLEGARDENの音楽がそばにあったから。
そうして過ごした日々の先。16年越しに、私だって自分との約束を果たせたんだ。「エルレのライブにもう一度行きたい」という、ささやかだけれど、とてつもなく大きな願いを。2007年からずっと抱え続けていた夢。想いを知り、心を寄せてくれた人たちの気持ちと共に。
「Get it Get it Go! SUMMER PARTY 2023」のティーザー広告は、このフレーズで始まった。
メンバーが去ったステージに、エンドロールが流れる。画面に映る観客の姿、スタッフの名前、BGMは「Mountain Top」。いつまでも余韻に浸っていたかった。私の夏が、再会までの旅が、終わりを告げる。だけど、これから新しい旅が始まるのだ。その旅路の向こう、いつかの未来にまたこんな日が待っているなら。人生は悪くない。自分のペースで、一歩を踏み出していこう。この空間で感じたすべて、今日を記憶に変えて。
ありがとう、ELLEGARDEN。また会いに行きます。