雨の夕方、トロカデロにて
実家の車が修理から戻ってきた。
本当は先週戻ってくるはずだったのに、預けているガレージの手違いで遅れたのだ。納期の遅れはまあよくあること。お客様よりも労働者が優先される社会で暮らしていると、よくあることだ。
受け取りは夕方だったので、ついでにそのまま近場をちょこっとドライブしようということになった。車の調子を確認したいし、犬の散歩も兼ねてどこかへお茶でもしに行こう、と。
夫の実家の車なので、当然運転は夫がする。
犬と私は行き先を夫に任せ、少し気になる機械音が残ったプジョーに揺られながら次第に暗くなる車窓の景色を楽しんでいた。
天候はシトシト霧雨からのボタボタ本格雨へ。
森の散歩を提案しなかったのは、雨模様で夕暮れが早かったから。近場のカフェで温かい飲み物でもちょいと引っかけるのに適した気候だったから。
森を抜けて住宅街へと車を走らせる夫。気が付くと辺りが賑やかになっている。あれ?ここどこ?
見覚えのある街並みを凝視しながら記憶の奥底に仕舞ってあった画像と照らし合わせてみる。
パパパ、パッシー?!(パリ16区)
雨が降る中、到着したのはその先のトロカデロ。エッフェル塔が真正面に見えるザ・観光地だ。
パリが久しぶりの私のために、わざわざエッフェル塔まで連れて来てくれた夫には申し訳ないが、雨降ってるし、めっちゃ人混みやし、濡れ犬連れてるし、ってそんな状況でくつろいでお茶なんかできるかーい!
スニーカーが濡れて足先がグシュグシュしてきた。あーもー最悪。
ほら、エッフェル塔~
雨に打たれながらもニコニコと嬉しそうな夫。それに反して私は自分の中に沸き上がる不快感と闘いながらもなんとか無理矢理笑顔を作ろうとするが、上手くいかない。
犬は地面に当たる雨の音と人の多さにビビりまくっている。
夫が選んで入ったカフェは、エッフェル塔の目の前。なぜかアメリカ女子率高めのテラス席。まるで「エミリー、パリへ行く」みたいな光景だわ。
同じパリと言っても私が生息していた地域とは反対側にあるエッフェル塔。
友達が観光で遊びに来ない限り、こんな近くでエッフェル塔なんて見ることはなかったし、わざわざ見に来ようとも思わなかった。一日中観光客でごった返しているし、路上販売(違法)のおっさんたちがチープな土産物を売り歩いていてせわしないし、ムードも何もあったもんじゃない。
聞くところによると、ここでもスリが横行しているらしい。なんて物騒な場所なんざんしょ。
エッフェル塔は街を歩いていて偶然チラリと見えるから風情があって良いのだと私は思う。
と、まあ、連れて来てくれた夫には申し訳ないが、気分が上がらず虚ろな目つきでキラキラと光るエッフェル塔を眺めていたら、週末は何する?と明るい話題を振ってくれた。
パリで何がしたいかって聞かれても、ニースに戻る前に日本食品店で爆買いをしたいと思ってるくらいで、後は美術館かなぁ。あ、それとユニクロにも行かなきゃ。
ニースの近くにもユニクロはあるが、車で少し行った先のショッピングモールまで足を延ばさなければならない。ネットでも買えるが、パンツやアウターは出来れば試着してサイズの確認をしたいと思っていたのだ。
そんな風にあれこれやりたいことを考えていると普通に楽しくなってきた。濡れたスニーカーも気にならなくなってきた。
じゃあ週末はヴィトンの美術館に行こう!
夫はそう言ってスマホを取り出し、その場で事前チケットを取ってくれた。
カフェの目の前に展覧会の広告が出ていたから思いついたようだ。
以前は好きな時間に行けば入れた美術館も、近頃では事前にチケットを購入し、時間を指定しなければならない。
予定を立てずにフラ~っと入れていた昔が懐かしいなぁ、と思いつつも、先々の予定があるってゆーのもまあそんなに悪くないかな、なーんて感じたトロカデロの宵闇でした。