明け方の出来事 ~犬のいる暮らし~
午前4時23分、かぼそい鼻に抜けるような空気音で目が覚めた。あたりは真っ暗闇。その音はベッドの脇から聞こえてくる。
ビブラートの効いた音源、それは犬。
ウチの犬が枕元で声を震わせていた。
そんな悲壮な声を出されても、寝ぼけているからすぐには起き上がれない。
なんとか手を差し伸ばして犬の背中を探り出し、ぐりぐりと撫でてみた。
「どした?」
犬は固まったまま鼻で鳴き続ける。
ぐりぐりごしごし、私は撫で続ける。
「どしたの?」
しばらくすると、フゥと息を吐きながら撫でる私の手にもたれかかるように体重を寄せて来た。
クゥ~ン。
🐕
その日の未明、遠くの方でゴロゴロとカミナリが鳴っていた。
夢かと思っていたが、どうやら実際に鳴っていたらしい。窓を開けるとどんよりと分厚い雲が空を覆いつくし、地面が暗く湿っていた。
ウチの犬が苦手なもの、カミナリ。
大っ嫌い。
空がゴロゴロと腹の底に響くほど凄まじい音を立てるなんて、不穏以外の何ものでもない。
クゥ~ン。
不安を抱えて私の枕元までやって来たのだ。
ゴロゴロゴーン!
多分しばらくは1人で耐えていたのだろう。薄暗いリビングの片隅で。
でも耐えられなくなったからやってきた。ソロリソローリと忍び足で。
私が犬に気付いた時、スマホの画面には4:23と表示されていた。
🐕
ウチの犬は怖がりだ。
爆音バイクやスケボー、ボールを蹴る音なんかにとても敏感で、ビクつくことがよくある。
子犬の頃から少々警戒心強めな性格だったのが、お年頃になって生理が始まったくらいから外出時にビクつく回数が増えた。
お年頃の女子が全裸で出歩いているのだから、鼻息の荒いおっさん犬たちが通り過ぎる度に警戒しちゃって当然。
犬だって女子は色々と大変なのだ。
ホルモンのバランスで気分の浮き沈みがあったりイライラしたり。
理屈では説明できない気持ちの揺らぎがあるものなのだ。
🐕
寝そべった私の手にのしかかる重い毛皮。ぐりぐりと撫でてもいられなくなったので、一旦手を放して起き上がった。
今度は両手で顔を覆うように包み込みながら優しく撫でる。
なすがまま、なされるがままの犬。
おでこに軽くキスをしてからもう一度聞いてみた。
「どしたの?」
むにゃむにゃくちゃくちゃ。
口を不器用に開け閉めしながら何か言いたげな様子。
「怖かったの?ゴロゴロ?」
大きな口を開けてあくびをした。
「怖かったのね。でももう終わり」
「もうゴロゴロないない」
しばらく撫でた後で、抱きかかえようとしたらすぅっと避けられた。
そして何もなかったように自分のベッドへ戻ってそのまま寝てしまった。
時刻は午前5時過ぎ。
犬はすぐに寝息を立て始めた。
台所で水をひと口飲んでから、私もベッドに戻った。
だけどすぐには眠れない。
頭の中でどうでもいいことを考えながら時間をやり過ごしているうちに薄明るくなってきた。
朝だ。
もうゴロゴロしていない空にはまだ幾重にも雲が敷き詰められていたけど、背後からは明るい光が差し込み始めている。
とりあえず湯を沸かしてひと息つく。寝起きの悪い私は、朝のこのボーっとした時間がなければ動き出せない。
犬は静かに丸まって寝ている。
何もかもが人間仕様で作られているこの世の中で、小さな犬として生きていくのは大変だろうな。そんな事をふと思った。
今日もまた新しい一日が始まる。