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私を苦しめているのも守っているのも認知の歪み
認知の歪みという言葉を知った。
Googleで検索をして、チェックリストを解いてみた。
歪みが強い項目はいくつかあったが、答えのない自問自答を繰り返す面や、客観的な事実より自分の感情を根拠に推測していまう面の歪みが強い。
思い当たる節が多すぎて、驚きもない。
大体メンタルをぶっ壊すときは、この2つをやっている。
さらに、何でもネガティブの方へ持っていく歪みもあると。
はい。そうです。
認知の歪みは先天的じゃなくて、後天的。子どものころの経験とかも関係してるとか。
じゃあ認知の歪みがそれほどない人は、私とは真逆の心が安定している環境で過ごせたのか?
今思えば、思春期は学校も家も安定なんてなかった。
学校ではいじめられ、ぼっちがテンプレ。
家では、両親は不仲で、超絶短気な父親の顔色を伺い、母からは八つ当たりに近い人格否定されたり……
人に言っても仕方ない。
味方なんていない。
悲しいとか辛いとかを表に出すことすらやってなくて、1人で抱えていた。
橋本翔太さんの「わたしがわたしを助けに行こう」を読んでいるが、心の防衛反応が認知の歪みなのかと自分の脳内でピースがハマった感じがする。
本の通りに対話して出てくる感情が、認知の歪みが強い面のやつ。
自分で言うのもなんだが、エグい……
触れる感情が当時の自分の心の傷の深さかと思うと、大人のままでもう一度体験しろと言われたら耐え切れる自信が全くない。
10代の私が泣けなかった分、泣いているんじゃないかというくらい涙が止まらなくなる。
昔の自分は、頑張りすぎた。
そして、周りの大人が頼りなさすぎた。
親じゃなくても、心の拠り所になる存在がいたら、心の傷も浅く済んだのかもしれない。
とはいえ、私を苦しめたやつらに復讐しても意味が無い。
子どものころに置いてきてしまった悲しみと苦しさを今から解消すればいいんだよ。
認知行動療法とやらも、少し勉強しようか。