2018年2月 プエルトリコ旅行記① サン・ファン旧市街、カリブ海の要塞や砦に思いを馳せて
過去の旅行記を書きたいとずっと思っていたのだが、当時はジャーナリングする習慣もなく、旅程の詳細やその瞬間の感情や思考の記憶がほとんどない。
幸い写真(大量)は結構撮っていたので、そこから出来事ベースで書けることを書いていきたいなと思う。(固有名詞間違っていたらごめんなさい。)
なぜ私がプエルトリコを旅行先に選んだかの理由は、レゲトンというジャンルの中南米を中心に定着しているレゲエとヒップホップがmixしたような音楽が好きで、レゲトンのアーティストや、他にも好きなラテン系のミュージシャンたちがプエルトリコ出身であったり、先祖がプエルトリコ出身であることがあり、興味を持ったから。そしてあるレゲトンの曲のミュージックビデオに出てきたプエルトリコの風景をこの目で見たいと思ったからである。
あとは、シンプルに日本から遠く遠く離れていて、日本人には1人も会わないような場所にぱーっと1人で行きたい気分だったから。現実逃避。
それと、現地人の知り合いが2人いたので、タイミングが合えば会ってみようかな、という気持ちで。その知り合いたちには、治安の悪く気を付けるべき場所を聞いたり、色々と情報をもらえて助かった。
一番行きたいかった場所が、実はギャングの巣窟になっていて、よく銃撃戦も起きるため地元民は避けるということを聞いていた。でもせっかくだし、どうしても行きたかったので、ギャングも寝ていると思われる早朝にしれ~っと試しに行ってみたら誰もいなくて大丈夫だった。という冒険もしてみたり。(決して真似しないでくださいw)
プエルトリコはアメリカ合衆国の自治領なので、アメリカVISAの取得(ESTA申請)も必須である。通貨も米ドルだが、1ドル108円くらいの時期だったから、行ける時に行きたい場所に行っておいて本当によかったと思う(切実)。
スペイン語で、Puerto Rico →美しい港
私が5日ほど滞在したサン・ファンはプエルトリコの州都であり、16~17世紀に建てられた歴史的建造物の宝庫。市全体が世界遺産に登録されている。
日本からの直行便はないので、
行きは、成田→アトランタ→サン・ファン
帰りは、サン・ファン→アトランタ→ミネアポリス→成田
というルートを使った。
かなり時間がかかったが、約10年ぶりの渡米というだけでもワクワクだった。
プエルトリコ最大の都市、サン・ファンに到着したのは夜中近くだったと思う。空港からどうやって市内へ移動したのかおぼろげ。確か、市内のメイン通りか広場行きの小さなバスに乗ったような気もする。バスを降りてから迷った記憶もないから、タクシーだったかもしれない。
翌朝、まずは朝食を探しに散歩に出かけた。
コロニアル建築大好きな私は、サン・ファン旧市街をお散歩しているだけで本当にハッピーになれた。アメリカのニューオーリンズもそうだったが(写真の入ったSDカードのデータが消えてお見せ出来ない 涙)、スペインの植民地だった場所の建物が好きすぎる。
朝食後、砦の方へ徒歩で向かった。サン・フェリペ・デル・モロ要塞と、サン・クリストバル砦の写真が混ざっており、何がどちらか自信がない。
時系列もあやしいが、1日目はたしか、こんな感じだった気がする。
他に博物館へ行ったりもした気がするが、次回に持ち越し!