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人の目は自分の目~副鼻腔炎と「有愛」(≒存在欲求)の話

絶賛副鼻腔炎中の私が、仏教やヨガ哲学の考え方の1つである「有愛」(≒存在欲求)を手放すことの大切さを実感した経緯。

写真はタイ、チェンマイ郊外のダム湖。
(旅行記、なかなか進まない)


あれは小学校2~3年生の頃だったと思う。
今は年によって色々だが、当時の私は結構ハードな花粉症だった。

小さい子どもはまだ他人の目を気にしない。
産まれた時は誰しも無垢であるが、様々な人生経験を積んで良くも悪くも賢くなる。

言い換えるとそれは社会性を身に付けることでもあり、集団の中で嫌われないように溶け込み、助け合いながら生存を可能にする本能なのかもしれないが、それが過度に働きすぎることで「他人からの承認」がないと安心して自己を存在させることが出来ない大人に育ってしまうこともある。

まだ周りの反応などさほど意識していなかった8~9歳の私は、家でしているのと同じような方法で、学校の教室で鼻をかみ、ゴミ箱の近くへ立ち歩くわけにいかない授業中は、ティッシュの山に囲まれながら先生の話を聞いていた。

ある日、クラスの誰かに言われた。
「お前、きたね~な」

大きな音をガラガラと立てながら、本来音を立てるものではない私のティッシュの城が崩壊した。

そうか、私は汚ないのだ。

こうして無邪気だった少女はまた1つ大人への階段を昇った。

大なり小なりこのようにして、人は細分化すると無限にあるそれぞれの分野で純粋さを失っていく。

ただの体毛をムダ毛と認識することも、
学校のトイレで「大」が出来なくなるのも、
体型を気にするようになるのも、

きっと始まりはみな、このような些細な事件が発端だ。

クラスメイトによって「汚ない」という林檎の実を与えられた私は、アダムとイブが裸体をさらすことへの羞恥心に目覚めたのと同様、人前で鼻をかむことが出来なくなった。

それからは授業中はひたすら鼻をかむのを我慢してすすり、休み時間になるとトイレに駆け込み、流水音で音を消しながら一気に処理する、という方法を取るようになった。

そのやり方がいつしか定着し、いつの間にかその「自分の常識」が「社会の常識」だと思い込むようにもなった。

人が周りにいる時には鼻をかんではいけない、という謎の自分ルールがあることで、学校や職場、友達と遊んでいる時などは、鼻をすすって我慢する、ということを続けてしまった。

そのうち、それが直接の原因かは分からないが数年に1度、花粉症や本当の風邪がトリガーとなり、「なかなか治らない風邪」にかかることがあった。

発熱や倦怠感、喉の腫れはないのに、ひたすら鼻水が出続け、それが喉の奥に落ちる。
喉が粘液でネバネバになり、その痰が絡んで声がおかしくなり、時々すごい音の咳が出る、という症状だ。それが2か月ほど続く。

いくら風邪薬を服用しても一向に改善しないし、痰の絡んだ派手な音の咳が出るととにかく目立ってしまう。電車の中でも注目されてしまうし、もしかしたらアイスピックで刺されるかもしれないような恐怖がある。(先日、そんなニュースがあった)

学校でも仲の良い友人たちは心配しつつも、
「早く治しなよ~」と無邪気に言ってくる。
早く治せたら治したいと一番思っているのは私だよ、と思いながら「そうだね~」と言うしかない。

仕事をしていても関係者に嫌な顔をされるし、やはり「早く治しなよ~」と思われているだろうと思う。

学生時代も仕事をしていても、遊んでいても、どの時期の私もこの症状が出ると同じ気持ちになった。

とにかく恥ずかしい。

まず、恥ずかしくて鼻をかめないし、
鼻声と、大きな音の咳、咳払いも恥ずかしい。

あとは「菌」扱いされているのではないか、という被害妄想に悩むこともよくあった。

症状そのものの辛さももちろんあるが、家に居る時は淡々と鼻水の処理をすれば良いだけなのでさほど気にはならない。

家を一歩出ると社会が待っている。

そのように数年に1度かかる「なかなか治らない風邪」の地味な辛さに苦しみながら、10年ほど前のある日、あまりの治らなさに苛立って耳鼻科へ行ってみた。

普通に早く行けよと思うが、昭和あるあるな価値観で、私の親は「風邪くらいで病院にいく奴はヤワだ」というような教育をしていたため、熱もないのにクリニックに行くのはダメなことだと20年くらい思い込んでいたのだ。

同級生にティッシュの城を破壊されてから20年あまり、私が副鼻腔炎だと気づいたのは思い切って耳鼻科を訪れた20代後半になってからだったのだ。

「ただのなかなか治らない風邪」ではなかった私の副鼻腔炎は、クリニックで処方された適切な薬をのむと2~3日でおさまった。

体調的にももちろん楽になったが、一番嬉しかったのは鼻水が止まったことにより、人前で気を張る必要がなくなったことだった。


なぜ、こんなにも、私は社会的な場面で咳をしてしまうことや、鼻をかむことに恐怖と言えるほどの抵抗があるのだろうか、少し考えてみた。

どうやら社会の中での「私」が鼻水でぐしゃぐしゃになっていること、病原菌を撒き散らしていると「思われる」ことなど、なにかしらの「異変」を見せていることが、自分で許せないのだ。

アイドルはトイレに行かない、みたいな感覚と似ているかもしれない。私は決してアイドルではないが、生々しい部分を見せたくないことは共通していると思う。

主観的な尺度の範囲内における、社会から受け入れてもらえるだろうという予測に基づいた自己像のレベルに今の自分が満たないと分かると、非常に不安を感じるのだ。村八分の危機なのだ。

わたし、これで大丈夫かな?という心理であり、それが冒頭で記述した「有愛」(≒存在欲求)である。

少しイケてない服を着て出掛けてしまった時などのソワソワした感覚や、相手に話が伝わらなかった時のモヤモヤ感、ここに居ても大丈夫かなという不安も、この他者からの承認を求める気持ちに似ていると思う。

ただそれは、本当に他者が私を受け入れてくれるかどうか、とはあまり関係がない。
たまたま一致している可能性もあるが、ほとんどは思い込みと妄想かもしれない。

例えば、ある試験で90点取らないと進級出来ないと思い込んで猛勉強して95点取ったものの、実は合格基準は60点だった、というようなことだ。

逆に、50点がボーダーだと思い込んでのんびりしていたら、全然足りていなくて不合格ということもあるかもしれない。

経験上それが役に立つこともよくあるが、自分で設定した基準などはすべて思い込みであり、現実とはかけ離れていることがよくある。

外見などもそうだ。
自分が気にして必死に毎朝隠しているシミやシワに、他人はまったく気づいていないことなどよくある。
メディアが作った「NGファッション」に該当して嘲笑の的になることを恐れてお気に入りの服を着られなくなることもあるかもしれないが、本当にお洒落な人ほどそんな概念を気にしていない。

どちらにしろ背後にあるのは社会から受け入れられたいという欲求だ。
1人で過ごすのが好きな人であっても、完全に他者から拒絶される状況は避けたいはずだ。拒絶される前に「~すべき」「~すべきではない」で自分を厳しく縛り、チェックを重ね、OKを出してから社会的な場面へ赴くのだ。

私はおそらくその基準が平均的な人々より厳しい。というか、家にいる時のだらしなく汚なく格好悪い自分と、外で受け入れられる(と思い込んでいる)自己像への解離が大きく、それを埋めるための作業が膨大すぎて外出が苦手で出不精になっているのだと思う。

ダサいと思われたり、清潔感がないと思われたりしたら終わりだ、という思い込みによって、外に出るハードルを自ら上げているのだ。存在欲求への渇望が度を越えているため、拒絶されないかどうか必死なのだ。

しかし、そのチェックはいらないのかもしれない。合格最低点は予測より遥かに低い可能性があるし、誰かや世間一般の基準で合格でも不合格でも、ただ自分がそこに存在することを自分が認めていれば良いのではないだろうか。


昨日耳鼻科で薬を処方されたが、まだ副鼻腔炎の症状のある私は、試しに仕事中、みんなの居る前で鼻をかんでみた。

キャラ崩壊の危機?と自分では思っていたけれど、振り返って見る人も、なにかコメントを言いに来る人もいなかった。

そういう人たちがいたとしても関係ない。
鼻をすっきりさせた快感で幸福度が上がった。

また別の公共の場でも鼻をかんでみた。

いける。

心の中でガッツポーズが出た。

小学生の頃から約30年とらわれていた「人前では鼻をかんでいけない」という思い込みのルールを気持ちよく壊した。

校則を破ってメイクをし、スカートをくるくると短くして街に繰り出した時のような妙な背徳感と解放感の混在する感覚も心地よい。

ついに私はまた1つトラウマを克服出来た。

人の目だと思って気にしているものは、本当は自分の目なのかもしれない。

世間体が気になると感じるならば、他人から受け入れられるかどうかの主観的予測判断基準を見直してみると意外な気付きがあるかもしれない。

自分の存在に自分でOKが出せれば、社会や他人からの承認は必要ない。

勇気は必要だけれど、乗り越えた先には大きな自由が待っているはずだ。


なかなか治らない風邪だなと思ったら副鼻腔炎にかかっている可能性があるので、気になる方は耳鼻咽喉科を受診してみてください。

インドのアーユルヴェーダでは古代から行われている鼻うがいや、
鼻の外側や目にかけて上の方、眉の上などをやさしくマッサージするのもオススメです。

鼻詰まりや痰が気になって呼吸が浅くなると、様々な別の問題も出てきてしまうので気を付けてください。

これから更に本格化する花粉症はkaphaの増悪が大きな原因とされています。
不要な水分や老廃物を溜め込まない心身をキープしていきましょう。

自分にも言い聞かせ😅

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