2019年『新聞歌壇』掲載短歌
【東京歌壇】
東直子選
とある時代とある真夜中きみの手が差し出すトマトのやさしき裸体
1・13
自らの死をフライングゲットする跳躍力を僕は持たない
2・10
ばらばらな気持ちで座る食卓にサラダが夜を散らし始める
《三席》
3・10
後悔は声を失くした異邦人ソリストっぽく爪先立って
《特選二席》
3・17
新聞紙ベンチの上で夕風にしんなりめくれ あなたはばかだ
3・24
折鶴をほどいてゆけば春の陽がわたしの指の皺を照らして
《三席》
4・16
青空の青いシロップかけたくて身体を脱いで伸びをしました
《特選二席》
6・2
花園は鍵盤楽器どの風も第一音を叩きたがって
6・9
魂をとらえてみたらこいつってとっても息の荒い彗星
8・18
息巻いた希望が落下傘になり人々の背にめりこんでゆく
8・25
ひざをひらいたほうが負けです君が言う地面に唾をはくように言う
9・8
閉じ込められた夢の中には窓があり叩く蹴る割る水に溺れる
11・17
キャベツ頭のわたしがわたしを睨み付けいつしか街灯だけがあかるく
11・24
佐佐木幸綱選
素数とふ孤独の数を並べをりそは虚無に似て豊穣たらむ
1・27
映画館が壊されてゆく繁華街 蕎麦を啜ってクレーンを観てる
《特選一席》
3・10
面影を捨てねばならぬ時が来た四角く畳む母のエプロン
3・31
世界ってまぶしすぎるね節くれの簾に結束バンドを通す
4・16
薔薇はまだまだきれいです我は四十路の半ばも過ぎて
5・5
畦道が十字に走る田の中を稲葉割るごと歩く人あり
8・11
自転車でガードレールに沿い走る酷暑の我が影を率いて
9・8
【日経歌壇】
穂村弘選
ドライバーレス・カーのように蝶が飛ぶ水田のほとり私はひとり
2・16
蛇口からカルピスよ出よロケットになりたい少年少女のために
3・16
三枝昂之選
月光は買えないだろうセレブでも独裁者でも春の蟻でも
4・6
万緑に未来図ありて目を瞑り瞑れば瞑るほど見えてくる
6・15
【読売歌壇】
俵万智選
透明な階段としてさみしさを積み上げながら君を忘れる
2・11
つなひきに夢中になって僕たちは力の加減を忘れてたんだ
《特選二席》
2・25
人類が始めて宇宙へ飛び立ったそんな感じで告白した
3・5
時だけが生き急いでいる僕たちは探し続けるさよならの「さ」を
4・1
僕の夢にあらわれないということはあなたは僕の夢をみている
4・16
クエスチョンマークのようなイヤリング君を転調させつつひかる
5・13
【毎日歌壇】
伊藤一彦選
小一時間 雨が止むのを待っている傘を買ったら負けかなと思う
1・21
ドーナツにコーヒーカップが似合う夜ボーナスのない僕らの笑顔
2・25
ありがとう走りながら言う少年にそっと転がすサッカーボール
3・25
働けば仁王立ちしたそのあとで即座に土下座することもある
《三席》
6・3
片恋は老いること無し月影が水面の闇を剥り貫く如し
《二席》
7・15
いくつもの消炎鎮痛剤があり息をひそめて箱に納まる
8・26
米川千嘉子選
永遠の片想いって知ってるかい心がうんと広がるんだよ
《二席》
2・11
合計 三十七首
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