『完全無――超越タナトフォビア』第九十九章
ウィッシュ
「モナドは絶対に窓を持ちませんが、ミスドは窓を持つ場合があるということでしょうか!」
(ウィッシュボーンがここで辛辣な茶々をいれる。)
(マックの店内にいて、ミスドを引き合いに出すところがいじらしいではないか。)
(どんなに香ばしいお茶よりもそれは豊饒性の発露として、より香ばしく、より生命の香りを尊く引き立てつつ、わたくしの鼻づらに流れてくる。)
(ウィッシュボーンは個人的にやりきれないことに遭遇したときは、丹田呼吸で深く世界を吸い、吸うよりも深く世界を余さず吐くらしい。)
(趣のある、そしてなにより中庸で束縛ではない自由への逃走にも似た、寡黙な力への意志として、見上げた行為だと思う)
ちょっとここでみんなに提案!
懐かしの完全無-完全有というハイフネーションで結ばれた概念に再登場してもらおうと思うのだが、いいよね?
(瞬きのOKで統一感を出すチビ、ウィッシュボーン、しろ。)
ウィッシュよ、いや、ウィッシュ、チビ、しろよ、完全無を吸い、完全有を吐き切るつもりで、生の可能性と不可能性とを褒め称えようではないか、わたくしと共に。
有用的な完全無-完全有の使用法をここで内臓的に、つまり身体論的に少し触れてみるのだ。
思想の気分転換というやつだ。
いいかいウィッシュたち、「かんぜんむ」と頭の中でゆっくり唱えながら息を吸い上げ、「かんぜんう」と頭の中でゆっくり唱えながら息を吐き切るのだ。
(かーーーんーーーぜーーーんーーーむーーー、……かーーーんーーーぜーーーんーーーうーーー……。)
(瞑想によくあるパターンに、それらのことばを当てはめることで、わたくしはチビたちに素敵に放埓な微笑を与えていることに、腹の引き締まりによって気づいた。)
(内臓的覚醒。)
(生活がちょっぴりハッピーセットになるから読者の方々にもお薦めしておこう。)