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#タバコと口紅
タバコと口紅(最終話)
最終話日曜日の朝。
「快晴で良かった」
化粧室の鏡の前、今日塗る口紅の色は、彼が私に似合っていないと言ったあの色。
最寄り駅で待ち合わせ。
彼はタバコを片手に私を待っている。
すでに待ち合わせ時間は過ぎている。でも私は遠くから彼の姿を心に刻むことにした。
「お待たせ」
「おう」
彼はそう言って、タバコを吸い殻に捨てにいく。
彼は振り返って私の顔をみて、唇に目線を向ける。
「その口紅…まだ持っ
タバコと口紅(第八話)
第八話次の日曜日までの1週間、私たちは毎晩いつもの公園でビールとタバコを片手に何でもない会話を繰り返していた。
「ねえ、初めて私たちが出会った場所、あの無人駅があるところに行ってみない?」
「え、何で?」
「何となく…あそこで私たちが出会っていなければ、今頃どうなってたんだろうって思って…」
「後悔してる?俺と会ったこと」
私はただ笑って返事をした。
土曜日の朝。
テレビの中のお天気お姉さんは
タバコと口紅(第七話)
第七話家に上がると、男の母親は温かいコーヒーを私たちに出してくれた。
全員が椅子に座ってもすぐに会話は始まらなかった。
沈黙の中、時計の針の音だけが部屋に響く。時間は確かに進んでいる。けれど、男の時計だけは当時に遡っているのだろう。
「あ、私ちょっと外散歩してきます」
「いや、俺が」
男は私の腕を掴み、席を立った。
男との過去にあんなことがあって、それに見知らぬ女が目の前に一緒にいる。
本来な
タバコと口紅(第六話)
第六話いつものベンチに、何も言わずに私の横にスッと座る男。
「もしかして、私忘れ物してなかった?」
「ああ、口紅?部屋に置いてある」
「そう…」
男はタバコを取り出して吸う。私はビールを一口。
「今日、実家に行った」
少しの沈黙の後、あの写真が頭に浮かんできた。
「母さん、母親に会った。というか、遠くから見ただけ」
「そっか…」
どうだった?とか、声かけなかったの?とか、そんなことを聞きたいと
タバコと口紅(第五話)
第五話出所当日、俺を迎えにくる人なんて誰一人いない。
心を無にしてやり過ごした服役。これからこうやって生きていく、なんて決心は微塵もない。もちろん家に戻る資格もない。
こんな感情とは裏腹に燦々と輝く太陽。苛立ちに割く気力もない。
行く当てはないが、とりあえず電車に乗り込む。
周りの反応は様々だ。怪しい目線を送るおばさん、気づいていない振りをする男性、スマホに集中して気づきもしない女子。
そして、
タバコと口紅(第四話)
第四話世界は一変した。
無機質で冷たくて、全てが自動化された世界。言い換えれば、便利でシンプルな世界だ。人間は全ての物事を淡々とこなし、生産性が高く、この上ない世界。
もちろんそこには、“感情“を持った人間はいない。あの男を除いては。
今日も起床して、いつものようにテレビをつけて身支度を始める。
「天気は…」
お天気お姉さんは今日も笑顔だ。笑顔は笑顔だけど、やっぱり何かが違う。
その振る舞いにい
タバコと口紅(第三話)
第三話喫茶店のテレビからは、いつものように悲惨なニュースが流れている。
「昨夜、⚪︎⚪︎区の住宅街で夫婦が殺害される事件が起きました。刃物で刺された形跡があることから、警察は殺人事件とみて捜査中で、犯人はまだ逃走中とのことです…」
考えてはいけないことを考えてしまう自分がいた。
男が喫煙から戻ってくる。
「まさかね…」
思わず私は口に出してしまった。男もテレビを見ている。たけど男の表情に変化はな
タバコと口紅(第二話)
第二話今日も平凡な生活が始まる。
どんなにどす黒い感情も鮮やかに照らしてくれそうなほどの快晴。これぞ休日だ。
目覚ましを止め、テレビをつけて起き上がる。
「天気は晴れで、最高気温は…」とテレビから流れる天気予報を横目に、朝食の準備と着替え。テレビの中のお天気お姉さんは今日も笑顔だ。
「昨日都心は大雨に見舞われ、異常気象とも言える…」とニコニコしていたかと思えば、いかにも心配していましたと言わんば
タバコと口紅(第一話)
あらすじ生きやすい世の中ってどんな世界だろうか。
嬉しい、悔しい、悲しい、楽しい…。この世は感情で溢れている。
もし感情というものがこの世界からなくなれば、人は生きやすくなるのだろうか?
感情の海に溺れ、本当の自分を見失った女は、いつしか感情のない世界で生きたいと願うようになる。そして、ある男との出会いをきっかけに世界は一変するが…。
唯一、心を通わせ、感情を共有し合うことのできる女と男。無機