原語を見てみよう
「♪大きなのっぽの古時計……♪」は、聴いたことのある人も多いだろう。もとは英語の歌で、原題はシンプルに ”My grandfather’s clock” 「おじいさんの時計」である。これの歌詞を、初めて英語で読んだのはいつだったか。日本語訳の巧みさもさることながら、原文の内容の美しさもすごくいいなあと思った覚えがある。一部直訳するとこんな感じ。
おじいさんの時計は、棚には大き過ぎて
90年間、床の上に立っていた。
おじいさんの1.5倍くらいの高さがあったけど
重さは彼とほとんど同じだった。
おじいさんが生まれた日の朝に買ってこられて
ずっと彼の宝物、そして誇りだった。
だけどそれは止まってもう動かない。
おじいさんが死んだそのときから。
日本語バージョンは健闘していて「It was bought on the morn of the day that he was born」を「おじいさんが生まれた朝に買ってきた時計さ」と、ほぼ正確に移し替えている。口惜しいのは、サビの部分が「いまはもう動かない、その時計」と訳出されていること。短いメロディーの中に納まらなかったとはいえ「おじいさんが亡くなったと同時に止まる時計」の情景が伝わってこないのが無念。
ネットでさらっと調べただけなので信憑性は保証できないが、ベースになった実話があるそうだ。場所はイギリスのジョージ・ホテルという民宿で、ジェンキンズ兄弟が切り盛りしていた。ホテルのロビーには大きな時計が置かれていて、正確に時を刻むことで定評があった。その高さ2m超。
兄弟の弟のほうが病で亡くなった頃から、正確だった時計の針は遅れ始める。そして今度は兄が亡くなり、訃報を聞きつけた友人たちはホテルのロビーに集まった。大きな時計は、ちょうど兄のほうが亡くなった11:05を指して止まり、振り子ももはや動いていなかった──という話だ。いまでもこのホテルは実在し、モデルになった時計は持ち主が亡くなった時刻を指している。
原曲の歌い手はヘンリー・ワーク。アメリカ人で、イギリス滞在中に聞いたこの話を基に作詞作曲、母国でヒットしたらしい。日本語のカバー曲は平井堅が歌っていたように思うけど、うーん、これは原語で聴いてほしい。でもそれだと英語わからん人にはまったく届かないし、やっぱりところどころ惜しくても日本語カバーをすることに意味はあるか。自分だって最初に聴いたのは、当然和訳バージョンだったし……。
いまはいろんな人が外国語の歌を自力で訳し、カバーして発表できる時代だから、ひょっとしたらこの曲ももっと原詩に近い訳で歌われているかもしれない。確率は低いとはいえ、翻訳の中には原文を超えるものも時々ある。そのあたりのことを考えると、いたずらに原語主義に陥るのもよくないなと思う。
本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。