戦争と少女漫画
『はだしのゲン』ばかりが戦争漫画じゃない。少女漫画も戦争を描く。
それは生々しくない。血でまみれた戦場も戦闘機も出てこない。学校が舞台で、誰かが徴兵されるわけでもなければ殺されるわけでもない。だけどリアルだ。すごく現実味があって、悲しくて怖い。これを戦争漫画とは呼びにくいけど、間違いなく描かれているテーマは軍国主義と戦争だ。倉多江美の「イージー・ゴーイング」。
これが怖いのは、学校の中で軍国主義的風潮がまだ続いていることを教えてくれるからだ。例えば、天然パーマの生徒が「こい!坊主にしてやる」と軍人に否定される場面がある。
ここでは「軍の権威」が人を支配し、例えば他人の髪型まで統制するように描かれているけど、軍人が学校にいない今とてあまり変わりない。校則によって、生まれつきの茶色い髪を黒く染めさせられたり、天然パーマの髪を咎められるなんてことは今でもある。終わらない全体主義。
闘争は闘争の好きな人だけでやればいい、と登場人物の吉敷(よしき)は言うけれど、そうはいかなかった。次のページでは既に、軍人が学校に来るときだけは皆まじめに出席するようになった──と、軍部が学校を掌握する速さが描かれる。
暴力っていうのは強い。人を簡単に従わせる力がある。自分もこの時代にいたら、軍人が怖かったに決まっている。こっちは丸腰で、向こうは権威で、武力も持っている。そうなったら従うほかにないだろう。
作品の中で軍人を殴った吉敷にも、退校しろという命令が下る。そのあと彼は自殺するのだけれど、その理由を書き綴った手紙の内容が淡々と描かれるシーン。
いくら軍国主義に反対する思いはあっても、実際にはそれを受け入れないとエリートコースを外れてしまう。家族が望むような「偉い人」になれない。だから従う。その悔しさや無念、自分の不甲斐なさへの思いが伝わってきて、読んでいて悲しくなる。そうして、そういう人はたくさんいたんだろうなと思う。
戦争は、何も人殺しを賛美する人だけで出来上がるわけじゃない。「軍人にすり寄れば出世できるぞ」「逆らうと内申点が下がるし就職にも響くんだからな」「軍部に歯向かうとエリートコースは歩めないぞ」、そんな空気が、つまり戦争なのだ。そして「空気」を止めるのは難しい。