資本主義のあととか、未来について考えること
ポスト資本主義が叫ばれて久しい。資本主義って限界だよね、と誰もが言うけど、具体的にどうすべきかは誰も知らない。そんな状態が続いている。個人にできることは何もないように見える。でも、そうでもないんじゃないか。ひょっとしたら次の時代は、一人一人の小さな判断から生まれていくのかもしれない。
──ということを『つづくをつくる ロングライフデザインの秘密』を読みながら考えた。これは、長く続く企業にその秘訣を聞いて回るもので、例えば、ロングセラー商品・龍角散を作っている会社が出てくる。そこの社長は「健康で儲けすぎてはいけない」と言う。
健康産業は、ビジネスに偏り過ぎてはいけないと考えている。世の中のために必要だという強い倫理観がないと、長くつづかない。
これを「綺麗ごと」と見るか「その通りだ」と思うか。それは受け手次第だけれど、健康産業の露骨な商業化は、多くの人にとって事実、歓迎されない。「健康になりたいならうちの商品を買ってください、他に競争相手がいないので値段は釣り上げます」とかやる会社は信用ならない。そして「人の健康意識に付け込んで儲けている」という企業イメージは、一度ついてしまったら払拭が難しい。
そういう意味では、龍角散・藤井社長の言うことは「正しい」。短期的&資本主義的には不正解かもしれないが、倫理的かつ長期的には正解だ。
資本主義の過激さを乗り越えていくのは、そのへんの視点なんじゃないか、と思う。倫理的かつ、長期的に物事を考えられること。いますぐ資本主義と手を切れるわけじゃないし、そんなつもりもないけど、どうにかその落とし穴を避けて通れる道。
『ロングライフデザイン~』には、他にも老舗のお店が登場する。例えば、京都の「鶴屋𠮷信」、ここは和菓子の店だ。機械化すれば大量生産できるところを、人の手でつくっている。そして、その理由は決して「機械が作る和菓子なんてなんて人の味わいが感じられん。けしからん」などというものではない。
取締役いわく「形や味が手づくりと遜色なく再現できれば機械化してもよい」、ただそれができないから人の手でつくるのだ、と。極めてシンプルだ。機械を目の敵にしているわけではなく、今のところ人が作るほうがいいのでそうしてます、というスタンス。とても合理的で品がある。
そこには「金を稼ぐ人間が偉い。儲けこそすべて」の資本主義とは、相入れない空気が流れている。お金や利益を大事にしつつ、それが最優先になることはない。そういう姿勢が、これからの時代、もっと高く評価されていくんじゃないか。あるいは、されるべきなんじゃないか。
そうして買う側の私たちにも、きっとその視点が必要なのだ。これは長い目で見ていいものだろうか、倫理にかなってるだろうか。そう考えて物を買い、そう考えながら生活すること。
それは「未来と一緒に生きる」ことでもある。未来と一緒に、つまり未来を考えて生きること。「今さえよければいい」で終わらないこと。今の選択が将来を作っているのだとわかること。
人は時々、とても短期的な判断を下しがちだ。自分もそうだ。安いからと買って、すぐ駄目にした物がいくつかある。買ったはいいものの愛着が湧かずに、維持する努力をせずに捨てた物もある。買うときに、もうちょっと考えるべきだった。それと長く付き合っていけるのかどうか、捨てるときはどうするのか、そういうことを。
「買い物のときに、そんなのいちいち考えてられないわよ、メンドくさい」と言う人もいるだろう。そうだ、メンドくさい。でもだからこそやらなきゃならないし、する価値がある。立ち止まって考えることは、いつも未来を思う第一歩なのだ。
鶴屋𠮷信:公式オンラインショップはこちら。
https://www.tsuruyayoshinobu.jp/shop
参考文献:ナガオカケンメイ『つづくをつくる ロングライフデザインの秘密』日経BP、2019、p.137(龍角散)126(鶴屋𠮷信)