推しクリエイターの話【泉幸甫】
建築家、泉幸甫(いずみ・こうすけ)。「マンション」のイメージを一変させる本『建築家がつくる理想のマンション 住みごこちのよさとは何か』で初めてその名前を知った。それ以来ずっと推しクリエイターの一人。
この推しクリエイターマガジンは、佐藤雅彦、深澤直人を過去に紹介している。この2人の知名度を考えると、建築分野では隈研吾を記事にすべきかもしれない。彼の代表作は国立競技場、いまや名実ともに日本を代表する建築家である。その土地その土地の持つ自然素材に注目する彼の建築思想は、便利で使い勝手がいいが、どこも同じになりがちなコンクリート時代を終わらせようとしている。人気の高さに呼応して、出版された著作も数多い。
だけど、個人的に面白いのは泉幸甫の建築だ。「マンション」と名が付きながら、無機質ではない家屋を目指している。公共の建物よりも、個々人が住むことに根差した作品が多い。多くの人が想像するような画一的な「集合住宅」のイメージを覆し、より人間的な住居を建てる。自然があり、様々な人がそこで交流することを想定し、建物が非人間的なまでに高く大きくそびえ立つのを嫌う。
自分もマンションと言えば──とりわけ都会の高層マンションは、子育てに向いておらず、なんだかオフィス街のビルのようであり、非人間的なイメージを持っていた。
泉幸甫は「(住み心地よりも売りやすさが優先されているため)日本のマンションは貧困だ」と認めた上で、集合住宅の原点に立ち返ろうとする。すなわち、たくさんの人が集まって、ひとつの村のように住むこと。そこに「非人間的」なんて言葉はないはずだ、と考える。画一的で無機質な建物ではなく、個性があり、人と暮らすことの温かみを感じられるようなマンションがあってもいい、と。
そんな彼の手による建築が、以下の写真群。
彼は本の中でこう書く。
また「人間の健康を考えれば、四階建て以下に住宅の高さを制限すべき」という建築家の声も紹介されていた。言われてみれば、人は地面に近く暮らすように作られているのだから、あまりその自然に逆らわないほうがいいのだろう。
自分の身に近づけて考えてみると、少なくとも子どもの間は、高層マンションには住みたくない。それよりも、階段を少しダッシュすれば外に出られるほういい。大人になってからも事情は変わらない。「ちょっとそこまで」と思ったとき、気軽に地上に出られる。それくらいの高さがいい。
「この人は結局なにを目指してるの?」という問いに答えるように、本の最後にはこんなことが書いてある。「古くなっておしまい」じゃないマンション、住みながら手を加えていき、骨董品のように価値が上がって行く住居。人が長年、暮らすことで味わい深くなる建物。単に古くなるのではなく、美しく歳を重ねる人のように、成長し育つこと。
建物に「時間の美学」を吹き込む建築家。新築がいいと言われる建築の世界に、緩やかな旋風を起こしつつある人。他にも有名な建築家はいるけれど、奇を衒うことのない穏やかで粘り強い思想で、他と一線を画している。
https://gendai.ismedia.jp/list/books/plus-alpha/9784062721479
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本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。