自分が何を一番望んでいるのかを明確にしよう
へそ曲がりの自分
過去にバスツアーが楽しいと聞いて、参加してみたことがありました。時間は決められてあるし、集団行動だし気を使うので、思いの外、窮屈に感じたのでした。結局、旅行は自分の好きなようにしたいと言う結論に至ったのです。
それに対して、はじめての場所にひとりで旅行に言った時のことです。旅先で迷ってしまいました。やっとの思いで観光名所に着いたときには、勝手が分からない場所で長いこと運転したこともあってくたくたになっていました。その時に、数台の観光バスが止まっていたのが目に入りました。バスツアーならば、自分で運転しなくて済むし、迷うこともないから観光バスに限ると思ったのです。
こんなことを思い出したときに、自分はへそ曲がりだと思いました。
自分の考えを、都合が悪くなるとコロコロと変えてしまうのですから。
ないものねだりするのは大事なことを見失っているから
こんな風に、僕はよくないものねだりをしてしまうのです。自分にないものを羨ましく思っては、今の自分を嘆いてしまっていたのでした。
今もまた、ひとりで嘆いては気持ちが落ち込んでしまっているのでした。仕事ばかりになってしまって、旅行に行けるような状況ではありません。人が旅行にいけば、羨ましくなって悲しくなってしまうのです。
でも、冷静に振り返ってみれば、かつての僕は違ったのです。何よりも安定を求めていました。旅行なんか行けなくてもいいから、安定した職業に就きたいと考えていたのでした。何よりも将来に不安を感じていたからです。
こんな愚痴のようなことを言って何がいいたいのかというと、結局のところ、人生の選択肢というものは、自由であり不自由なものであるのだということです。完璧なものがこの世にはないように、完璧な選択というものはあり得ないということです。この部分は満足できても、何処かの部分においては不満を感じてしまうものであるのだと言えます。
だからこそ大事にしないといけないのは、自分が一番に望んでいることだということです。
本当に自分らしさを求めるのなら、その身一つで、自分のことを誰も知らない土地に行けばいいのです。そうしたら、自分は思いのままの自分でいられるはずなんです。あなたはこんな人だよねと縛り付けてくる人はいないのですから。その代わり、何処までも不自由で寂しい思いをすると思います。あなたのことを知っている人は誰もいないのですから。あなたの理解者はどこにもいないのですから。
こんな風に、全ての自分の気持ちを満たせることはないのかもしれません。
人と言うのは、考えようによっては、どこまでも自由であるはずなんです。
そう感じないのは当然で、自由と不自由をいつも天秤にかけながら人は人生の選択をしているからなんです。
何かを得れば、何かを失ってしまう。とてもシンプルな法則であるのに、失うものばかりが僕の目には移ってしまうから、ないものねだりをしてしまうのです。それは、本当に自分が望んでいることを見失っている状態なんです。それで、自分を否定したり、ネガティブな感情になるのは、惜しいことだと思います。
だからこそ、自分が何を一番望んでいるのかを明確にしていた方が、ぶれたり迷うことが減らせると思うのです。
僕も、そのことに気が付き、随分と心が楽になれました。今の自分も認めることが出来るようになりました。随分と心に余裕が持てるようになり心が大きくなれた実感もあります。それは、僕の本当の望んでいることは実現させることが出来ていることに、ちゃんと気が付けたからでした。
確かに、旅行に行くことが出来たら、喜ばしいことなのかもしれないけれど、何よりも家族が元気で共に暮らしていけているのですから。それは決して簡単ではないこともまた僕は知っていたのですから。
もしかすると、今悩んでいることは、ただのないものねだりに過ぎないかもしれません。ただ、多くを望み過ぎてしまっているかなのかもしれません。本当に望んでいることが分かっていれば、それを手にしていることに気が付くことも出来るはずです。
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今日も自分をご機嫌に。
メルシー