精神的レジリエンスとマインドフルネス、医療従事者における研究
苦悩や燃え尽き症候群に苦しむ医療従事者の割合が警戒すべきレベルで増加しています。看護師に対するマインドフルネスプログラムは、私たちにも燃え尽き症候群を予防する精神的スキルを教えてくれます。
この記事では、Caren Osten Gerszberg氏がマインドフルネスプログラムを通して医療従事者を支援する取り組みについて述べた記事:Healing with Integrity(原文タイトル;雑誌mindful2022年2月号の記事)を翻訳してご紹介します。
筆者のCaren Osten Gerszberg氏は、作家、ポジティブ心理学者、ライフ・コーチ、マインドフルネス教師。彼女は顧客が心身のバランスや回復力、ポジティブであることを見つける手助けをしています。また”The New York Times” 誌と”Phychology Today” 誌の寄稿者であり、幸福やマインドフルネス、教育について執筆しています。
医療従事者が苦しむ精神的苦痛
これは米国Johns Hopkins病院の救命救急看護師であるMcGeehanさんの経験談です。全身を防護服で纏った彼女が呼吸器障害に苦しむCovid-19患者の病室に入ると、Covid-19によるストレスと、防護服を着たことで感情も肉体もパンデミックから隔離されたような気分との狭間で、彼女は瞬時に自信を失ったといいます。
しかし目の前の患者を治療しなければならないという重大な責任感を感じた時、彼女は2016年に受講したマインドフルネスと回復力プログラムで学んだスキルを思い出したと言います。「私に何ができるだろう?今ここで何が必要だろうか?」と彼女自身に問いかけることで、看護するのに必要な集中力を取り戻し、同時に患者の家族にとっての接点になれたと話しています。
このようにMcGeehanさんが経験した精神的苦痛(moral suffering)は、医療従事者コミュニティにおける研究で明らかになった概念です。看護の現場において、看護師がなすべきと信じることと実際に行っていることにギャップが生じるとき、この精神的苦痛が起こります。Johns Hopkins大学の看護・小児学教授Cynda Rushton氏によると、精神的苦痛により、看護師らは深層レベルで機能障害に陥ってしまうとのことです。
私たちの生活で直面する課題は、人の生死に関わるほどのものではないかもしれません。しかしいかなる性質の意思決定やジレンマであっても、プレッシャーを感じたり十分な支援がなされていないと感じたりする場面は、私たちのメンタルヘルスや燃え尽き症候群になるかどうかに影響を与えているのです。
精神的レジリエンスという処方箋
Rushton医師はそんな精神的苦痛に対して精神的レジリエンス(moral resilience)でもって手助けしようと取り組んでいます。精神的回復力とは精神的に困難な状況に対して完全性を維持する能力のことを指します。ここでの完全性とは、同氏によると「一体となっていて、あなた自身の価値や個性に合致しており、関係性の中にいるという感覚」だと言います。
2021年にJAMA誌に掲載された調査によると、2018年に離職した看護師の内、31.5%は燃え尽き症候群によるものであったと報告されています。こうした危機的状況を受けて、2016年にRushton医師は看護師に対し、MEPRA(Mindful Ethical Practice and Resilience Academyの略)と呼ばれる教育プログラムを開発しました。このプログラムの調査によると、参加した看護師らにマインドフルネス・倫理学的能力・自身・就労従事度・回復力のレベルに有意な上昇が見られ、同時に鬱・怒り・離職レベルが減少したといいます。
マインドフルネスや自制、肉体的気付き(肉体の感覚に耳を傾ける)といったスキルを教えることで、Rushton医師は看護師らを教育し自信をつけてもらうことを目指しています。そして彼女はプログラムを通して、看護師たちが変わっていく様子に気づきました。「プログラム開始時には看護師らはとても打ちのめされ弱気になっていました。しかし、今この瞬間を充足するスキルを用いることで少しずつ自信をつけ、問題に直面することができるようになり、今できることがあるのが分かるようになっていったのです。」
あなた自身の完全性に耳を傾ける方法
このようにもし精神的回復力トレーニングによって最前線で働く看護師の燃え尽き症候群を減らせるのであれば、一般の人々にも役立つのではないでしょうか?上記の調査では、精神的に困難な状況に直面した際には、マインドフルネスを実施することで個人の完全性と関係性の完全性を醸成することができることが示唆されています。
そしてRushton医師は、この結果は医療従事者以外の人々にも当てはまると述べています。「近年私たちは価値観や考え方にギャップを感じており、自信や充足感につながる道を探しています。完全性とは私たちの強みや限界を正直さや思いやりをもって称賛することであり、そうした道の一つになります。」
McGeehanさんの場合、仕事で他人に従事する一方で自身の完全性を維持することは、身体の信号に耳を傾けることのようだと言います。「私が患者に完璧な看護を提供し、看護に関わるあらゆる人々の感覚と看護の過程を理解しようとしたら、私自身も完全でなければなりませんし、とても多くのエネルギーと努力が必要です。」
Rushton氏によると、このエネルギーと努力こそが回復力を形成する上で重要であると言います。「完全性を保つためには、私たち自身が誰なのか明らかにするための難しい問いかけをすることが求められます。」
内面から変えていく
私たちは、仕事と家族や余暇に健全な線引きを持つことで幸福感が増すことを知っています。精神的回復力を原理とする手法の中でも、マインドフルネスは研究によって裏打ちされた手法であり、上記の線引きを維持するための「今ここにいる感覚」や「自分への優しさ」のスキルを実践するものです。
同時に、私たちの精神的レジリエンスは傷つきやすさや正直さを尊重した職場関係性を醸成することで育っていくものでもあります。Johns Hopkins病院の登録看護師であるCaitlin Florinさんは、同じ職場の看護師と一緒に休憩・深呼吸したり、困難な経験談を共有したりする回復力トレーニングを行っています。
精神的回復力とマインドフルネスの重要さを通して、Rushton医師は最前線で活躍する看護師たちを招き、最終的には「私たちは誰か?」という問いに応えられる手法を学んでもらっています。そしてこうした医療従事者を対象とした調査を見ていくと、私たち一般人でも毎日の生活における精神的レジリエンスを育てていくことができるのです。
Rushton医師はこう述べています。
「マインドフルネスを行い、自分が自分の価値にしたがって行動できていること・体が感じていること・感情、思考の質・今この瞬間ストレスが少ないことに気づく。これこそが本拠地なのです。そしてもしそこから自分が逸れていることに気づいたら、自身を元の場所に連れ戻すことができるようになります。」
参考元:Healing with Integrity,Caren Osten Gerszberg,2022年2月号,mindful magazine