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消えゆく記憶と共に〜双極症の私と認知症の母の日記〜

私は双極性障害を抱え、母は認知症を患っている。病が進むにつれ、私たちは現実を見失い、自分が誰であるかもわからなくなる。そんな私たちは、まるで鏡に映る存在だ。全体と部分は見方の違い…
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#家族愛

【第18日】母の音色、新たな調べ

認知症の治療の鍵は「新しいことを覚える」ことにあるのではないか——そんな考えが私の心に芽生えていた。母は昔の思い出を生き生きと語るのに、最近の出来事はすぐに忘れてしまう。そのたびに、口癖のように「面倒くさい」と呟く母の姿があった。 ある日、私は母に漢字検定の勉強を一緒にしようと提案した。新しい漢字を覚えることで、脳を刺激できるかもしれないと思ったのだ。しかし、母の興味は湧かず、長続きしなかった。私自身も興味のないことを覚えるのは苦手だから、その気持ちはよく分かる。 では、

【第13日】母と育む希望

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【第10日】笑顔を繋ぐ山頂で

母との再びの山登り 母との大切な思い出がある。あの山を一緒に登った日のことだ。その山は険しくはなく、低い山で、最初の八割はケーブルカーで登ることができた。ケーブルカーを降りた後、残りの二割を一時間ほど歩けば山頂にたどり着く。道中には、夏にはビアガーデンやレストラン、茶屋など、魅力的な休憩所がたくさんあった。 当時の母は信じられないほど元気で、私よりも足取りが軽かった。私が疲れて茶屋で休んでいると、母は軽やかに先へと進んでいく。しばらくして、山頂から戻ってきた母が、団子を食

【第8日】消えゆく光の瞬間

昼下がりのオフィスで仕事に追われていると、携帯電話が静かに振動した。画面を見ると、母からの着信だ。普段、昼間は会議や業務で電話に出られないことが多いため、母には夜9時以降に連絡してほしいと伝えてある。だから、この時間帯の電話は何か緊急の用事があるに違いない。 急いで電話に出ると、母の少し沈んだ声が聞こえた。「スマホの右上の数字が19から18に減っていくの。どうしたらいいのかしら」と心配そうに言う。おそらくバッテリー残量のことだろう。私は充電ケーブルが正しく差し込まれていない

【第7日】夢に響く母の声

ある夜、不思議な夢を見た。母が遠くから助けを求めている。涙を流しながら、「自分がどこにいるのかわからない」と訴えるその姿に、胸が締め付けられた。目が覚めたとき、もしあれが自分だったらと考えた。 私は双極性障害を抱え、妄想の中をさまよい、気づけば思いもよらない場所にいることがある。夢の中の母は、未来の自分自身のように感じられた。母は、まさに私の鏡なのだ。 思い返せば、6歳のときに起こした火事や、酒に溺れる亡き父への苦手意識から、家族から逃げ出したかった私は、大学入学と同時に