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「いいよ」を使い過ぎると地獄を見る
「いいよ」という言葉は魔法の言葉だ。
この言葉1つで相手の頼み事を受けることも、相手の謝罪を許すことも、何かを拒否することも、何かを褒めることもできてしまう。
だからこそ使いすぎると地獄を見る。
特に相手の頼み事を受けるときに使う「いいよ」は乱用注意だ。例えば友達から何か頼みごとをされた場合、最初に気軽な気持ちで「いいよ」と言ってしまったがために後々そのことで衝突してしまうことがある。
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これは私の実体験なのだけれど、「いいよ」を使いすぎて私の「いや」が通じなかったことがある。
実家が住宅街から離れた場所にあり、放課後に遊びに行くだとか自分の部屋に友達が遊びに来るとかいったことが滅多になかった私は大学生になって初めての一人暮らしに浮足立っていた。
大学に入学して最初の新歓でたまたま一緒になった人とゲームの話になった。スマブラというゲームだ。
私はたまたまそのゲームを持っていたから、そのことを言った。そうするとその彼は驚いた反応を見せた。そしてびっくりしたことにその彼とは同じマンションで同じサークルに入るつもりだということがわかった。
不思議な縁があるのだなと感じていたが、すべてはここから始まった。
「遊びに行ってもいい?」「いいよ」そんな会話をしてから遊ぶようになり、同じサークルの人とも仲良くなることが出来た。
サークルが終わるのが夜の23時。そこからそのまま私の家に来て夜遅くまでゲームをしたり、一度家に帰ってからシャワーを浴びてその後にホラー鑑賞会なんかをしたりもした。
翌日も大学の授業はあったのだけれど、これが大学生なんだと思い込んでいた。そしてなによりも自分の部屋に友達が遊びに来ているという現実が嬉しかった。
だから「遊びに行っていい?」と言われたら二つ返事で「いいよ」と言っていた。
最初は週に一回サークルが終わった後に遊びに来るだけだったのが、週に2回となり、最終的には週3回へと増加。
こうなった時には「遊びに行ってもいい?」と聞かれることもなくなり、サークルの後には私の家に来るのが暗黙の了解のような感じだった。「明日は1限の授業があるからいや」と伝えても、届かない。
そんな状態になり私は追い込まれた。
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たった一言の「いいよ」から始まったことなのだけれど、「いや」と伝えても届かないというのはある意味恐怖でもあった。
彼らとは今でも遊んだり、同じサークルで活動したりしていて、距離感もちょうどいい。言葉というものは使う場面と使い方に気を付けなければ地獄を見るのだということを学んだ。
「いいよ」の使い過ぎは要注意である。
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