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群衆哀歌 18

Before…

【二十九】

 加藤は腸が煮えくり返るどころの騒ぎではなかった。赤っ恥をかかされた挙句、返す言葉も無く引き返すしかなかったからである。しかも、一番嫌いなあの男に。復讐を考えてながら家に向かう裏路地を歩いていた時、「集合」とメッセージを送っていた、職場の工場で知り合った後輩二人と出会った。
 加藤より後から入ってきた連中で、所謂元ヤンという奴だった。加藤とウマが合って、時々プライベートでも交流するようになった奴らだ。
「加藤先輩、お疲れ様です。何かあったんすか。」
「先輩の家行ったらいなくて、探してたんすよ。顔色悪いっすよ。」
「わりぃ、お前らと飲み行こうと思ってたらよぉ、クソムカつくことあってな…。」
 加藤は経緯を話した。その後輩達は加藤を心配しつつも、苦い笑みを浮かべてこう言ってきた。
「先輩、そいつやっちまいましょうよ。これキメれば何でもできますよ。」
 もう一人が、近くの資材置き場から鉄パイプを二本拾ってきて、後輩の一人に渡す。そして二人はポケットから怪しい物を取り出して勧めた。
「先輩まだやったことないっすよね?一丁トびましょうよ。脳味噌めっちゃキレッキレになりますよ。」
 加藤は勧められるがままに手を染めた。未知の感覚。普段使っていない、全く働いていない部分の脳細胞まで活性化されていくような心地。灼熱の冷静沈着。恐怖も苛立ちも全て消え去った。その脳味噌で計画を立てた。
「作戦は、こうだ。」
 そして決行され、気持ち良く作戦通りに事が進んだ。目の前にいる青髪野郎をぶっ殺せれば、加藤はもうどうでもよかった。

【三十】

 立ち去るフリをして、物陰で彼を見張っててよかった。絶対に何かあると思ってみていたら、やっぱり家に帰らず安い酒を買って、隠れる私に気付かないで通り過ぎてった。多分、あそこだよね。

「集合!」

 メッセージを送るとすぐに既読を知らせる印が二つ付き、解散したはずの三人は再び合流した。先に口を開いたのは山本君だった。
「どうしたよ、やっぱり喜一のことか?」
「そそ。彼、家帰らないでストゼロ買って徘徊してる。行先は、多分だけど分かる。」
 顔が真っ赤な春君は、見た事無いような真剣な目になった。普段は飄々としてるけど、春君も状況が良くないなって思ったみたいだね。本性が見られた。
「行こう。あいつ、絶対俺らに言えなかったことある。ヤバい気がする。」
 流石春君、察するのが早い。奇天烈な彼に率先して声掛けるだけあって、物事一番よく見えるんだろうなぁ。
 私が先導して目的地に向かう。三人の思いは同じだと思うんだ。彼の何か支えになりたいんだよね。

 私自身、彼と出会わなければ冬恵先輩の話は未来永劫しなかっただろう。あの話ができたのは、傾奇者の君がいてくれたからなんだよ。過去の、忌々しいあの出来事と完全に決別できたんだよ。私にできるなら、君にへばりついてる過去を引っぺがして、楽にさせてあげたいんだよ。伝わるかな。私は今とっても嬉しいんだよ。悲しい話を吐き出したから、心に悲しさは残っていないんだ。だからさ、いつか私を助けてくれた恩返しさせてよ。

 心の中で呟き続けながら、目的地である廃墟に着いた。山本君と春君は初めての場所だ。
「おい、何ここ…。」
 山本君の問いに、心からの笑顔で私は答える。
「私と喜一君のオアシス。ここで煙草吸ってたら、喜一君と会ってね。初めて話をしたんだ。あの時私もう全部どうでもよくなっちゃって、死んでもいいかな、って思ってた冬の雨の日だったな。彼、酔っ払ってる私を家まで送ってくれたんだ。」
 語るがまま回想に耽ろうとした時、春君が叫んだ。
「あれ、喜一の上着だろ!」
 薄明るい、明滅する街灯の光を頼りによく見ると、喫煙所の屋根の端っこに服の袖がぶらさがっている。あの独特な模様、喜一君のと同じものだ。というか喜一君以外着てる人見た事ない。
「凄い、よく気付いたね。」
「奥の階段の前にあるアレぶっ壊れてるけど、元々そうだったのか?」
「いや、最後に来た時は普通に閉まってた。ってかあっち行かないもん。」
 春君が状況を観察する。だけど、私達が状況を把握するのにそれ以上時間は要らなかった。上着が落ちている屋根の上に、人間が二人落ちてきて轟音を立てた。

Next…


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