
歪んでも、なおそれを愛と呼ぶ 04
Before…
【七】
ばらばらになった大根が、哀愁を加速させる。暫く無言の時が続く。大将が空気を打開すべく、言葉を紡ぐ。
「秀太君、君はどうして宗次さんと組んでるの?」
秀太はまたもや返答に困った。さっき「何故看守を?」と宗次に聞かれた時以上に困ってしまった。
「成り行き、以外に言えることはありませんね…。」
ありのままを伝えるしかない。「成り行き」以外に言葉は無かった。着いて来い、と言われて着いて行って、気付けば勝手に右腕扱いされてしまっている現状である。大将がくすり、と笑う。
「そんなもんだよね。宗次さんいつも機嫌悪そうで、実はそうでもないから。選ばれたのは光栄だと思っていいんだよ。この人と組める人なんてそうそういないから。」
宗次が口を挟む。
「余計なことべらべらと喋ってんじゃねぇよ。ったくよ。」
「これは秀太君に教えておいた方がいいかなって。怒らないで下さいよ。」
「怒っちゃいねぇよ。」
「知ってます。」
二人のやりとりを無言で眺めながら、少し冷めた茹で卵を口に運び、ビールを流し込む。出汁が効いてて美味しい。秀太も混ざってみようと言葉を続ける。
「光栄、です。ありがとうございます。」
宗次の顔が赤いのは、酔っ払っているからだろうか。
「よせやぃ。俺が役に立つ時が来たってのと、隠居してんのに毎回こうやって呼ばれちゃ堪ったもんじゃねぇからな。二代目を育ててやろうと思ってよ。今まで俺が出なくとも何とかなってきたけど、箝口令敷かれるくらいのは無かったからな。面白そうって思ったのもあるけどよ。」
「箝口令敷かれてるのは今日初めて知りましたよ。そんだけヤバい事件なんすかね?」
「両方の仕事が先公ってのもあんだろうな。燃やす訳にはいかないからな。火種が小さい内に止めたんだろ。既に若干ネットでは話題になってるけど、結局ネタが小さいから勝手なこと言うだけ言ってもう鎮火したってところだろう。身元バレちまった時だけだよ、燃えてたのは。」
「宗次さん、意外とネットニュースとか見てるんですね。」
「馬鹿野郎。見た目で人を決めるんじゃねぇ。こう見えてデジタル強ぇんだぞ。情報は持つに越したことはねぇからな。」
宗次が何杯目か分からないビールを注文する。砕けた大根の最後のひと切れを食べた時、宗次の顔はどことなく秀太には嬉しそうに見えた。
【八】
「さて、秀太に二つ仕事だ。一つ目は、青海の経歴を更に詳しく洗え。」
「青海の、ですか?藤瀬ではなく?」
「奴らは藤瀬のガラ漁るのに必死こいてるから先が進まねぇんだ。青海を調べろ。多分、そっちから何か見えてくるはずだ。」
秀太は困惑した。看守の身でモノを調べるのは苦労するだろう。警察や刑事ならともかく、ただの見張りにどうしろというのだ。
秀太の言葉を見透かしたかのように、一枚の紙切れに複雑な模様の印鑑を押して渡した。
「今日来た刑事に言っとけ、これ渡してな。この一枚で全部伝わる。きっとやってくれるさ。さて次だ。」
ビールを煽る宗次。身構える秀太。次の仕事は、秀太を硬直させるには十分な重荷だった。
「藤瀬と関係を作れ。ほれ、もう一枚。今のお前んとこの連中はまだ何人か知ってるのがいる。そいつらの誰かにこれ渡して当番組み直してもらえ。隔日で見張りって名目で話し掛け続けろ。根負けすんじゃねぇぞ。同じ言葉しか返ってこなくても続けろ。職業柄、いつか返ってくる。藤瀬と秀太はタメ年だろ。友達になったような感覚で行け。」
まともではなくなってしまった人間と、コミュニケーションを取る。心理学を専門にしてきた秀太ですら、一度試して匙を投げ捨てた。それを、再度試せというのか。深い溜息を一つ吐いて、秀太はグラスに注がれたビールを一気に喉の奥へ流し込んで言葉を返す。
「宗次さん、貴方は初めてお会いした時からそこらのベテランとは違う圧を感じました。この山辺秀太、引き受けましょう。右腕が役に立つかは分かりませんが、やれるだけのことはやりましょう。」
「馬鹿タレ、やれねぇこともやるんだよ。」
「やれないこと、とは?」
「普段じゃ思いつかねぇことがふっと浮かぶ時がある。その時に躊躇わず行動しろってこった。そこが常識人と悪漢の違いだ。」
宗次は少し冷めたがんもを一口で食べ、口をもごもごさせながら秀太を睨む。
「では俺に、悪漢になれと?」
がんもを飲み込み、ビールを流し込んで宗次はけたけたと笑いながら言う。
「どうせ気付いたらなってたってことはこの仕事に拘る理由もねぇんだろ?だったら一丁乗れよ。クビ飛んだら、そん時は世話してやるよ。」
無言で頷き、秀太ははんぺんを摘む。三角形の角が削れた。小さい欠片をゆっくりと噛み締め、覚悟を決めた。半分ほど瓶に残ったビールを喇叭飲みして答えた。
「承知しました。普通に見張ってるだけじゃクソつまらねぇし、やりましょう。俺とタメ年の奴らがしんどい思いしてるなら尚更、やり甲斐があるってもんですよ。」
宗次が大口を開いて笑う。宗次も瓶を傾けて残ったビールを一気飲みし、空になったビール瓶をぶつけ合って約束を交わす。
「俺は諸々にカチ込んで、事情を説明してやる。お前を連れてきたあの刑事はああ見えてそこそこ立場が上だ。ある程度は自由にやらせてくれるだろうよ。あいつらが手詰まりなところを俺らが紐解いてやりゃ、大手柄だ。面白れぇ。頼むぜ、童貞。」
秀太は全身に熱が帯びてくるのを感じた。酒やおでんの温かい出汁のお陰も多少はあるだろうが、宗次の纏う雰囲気が一気に変わっていくのを見て、それに触発されたというのが最も適切な表現だろう。今まで惰性で続けてきた仕事に、スリルを感じる局面が突然やって来たのだから。段々と呂律が回らない舌で、言葉を返す。
「やってやりやしょう。あと、童貞じゃないっす。」
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