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【勝手に現代語訳】三遊亭円朝作『怪談牡丹灯籠』第8話(全22話)

 萩原のうちで女の声がします。伴蔵が覗くと、びっくりして、ぞっと足元から頭まで総毛立ちました。何も言わず、白翁堂勇齋のところへ駆け込もうとしましたが、怖いから、まず自分のうちへ帰り、小さくなって寝ました。夜が明けるのを待ち、白翁堂のうちへやって参りました。

「先生、先生!」

「誰だのう?」

「伴蔵でごぜえやす」

「なんだのう?」

「先生、ちょっとここを開けてください」

「たいそう早く起きたのう。おめえには、めずらしい早起きだ。待て待て、今開けてやる」

勇齋は掛鐶(かきがね)を外して、戸を開けてやります。

「たいそう真っ暗ですねえ」

「まだ夜が明けきらねえからだ。それに俺は行灯(あんどう)を消して寝るからな」

「先生、静かに」

「てめえが慌てているのだろう。何だ? 何しに来た」

「先生、萩原様は大変ですよ」

「どうかしたか」

「どうかしたかのなんていう騒ぎじゃございやせん。わっちも、先生も、こうやって萩原様の敷地に孫店を借りて、お互いに住まっております。そのうちでも、私はなお萩原様の家来同様に畑をうなったり庭を掃いたり、使い走りもしております。嫁は洗濯をしておるから、店賃も取られず、たまに小遣いをもらったり、着物は古いのをもらったりしています。恩のあるその大切な萩原様が大変なわけだ。毎晩、女が泊まりに来ています」

「若い独り者なんだから、随分女も泊まりに来るだろう。その女は悪い者ではないのか」

「何、そんなわけではありません。わっちが、今日用があって、ほかへ行って、夜中に帰ってくると、萩原様のうちで女の声がするから、ちょっと覗きました」

「悪いことをするな」

「するとね、蚊帳がこう吊ってあって、その中に萩原様と綺麗な女がいる。その女が『見捨てないでくれ』と言うと、『生涯、見捨てはしない。たとえ、親に勘当されても引き取って女房にするから決して心配するな』と萩原様が言うと、女が『わたくしは親に殺されてもお前さんのそばを離れません』と互いに話しをしていると」

「いつまでもそんなところを見ているなよ」

「ところがねえ、その女がただの女じゃないのです」

「悪党か」

「何、そんなわけじゃあない。骨と皮ばかりの痩せた女で、髪は島田に結って鬢の毛が顔に下がっていて、真っ青な顔で、裾がなくって腰から上ばかり、骨と皮ばかりの手で、萩原様の首ったまへかじりつくと、萩原様は嬉しそうな顔をしている。そのそばに丸髷(まるまげ)の女がいて、こいつも痩せて骨と皮ばかりで、ずっと立っている。こちらへ来ると、やっぱり、裾が見えないで、腰から上ばかり。まるで絵に描いた幽霊の通り。わっちはそれを見て、怖くて怖くて、歯の根も合わず、うちへ逃げ帰って、今まで黙っていたんだが、どういうわけで萩原様があんな幽霊に見込まれたんだか、さっぱりわけがわかりやせん」

「伴蔵、それは本当か」

「本当か嘘かなんて馬鹿馬鹿しい。なんで、わっちが嘘を言いますか。嘘だと思うなら、お前さんが今夜行って御覧になってくださいよ」

「俺は嫌だ。昔から幽霊と逢引きするなんていうことはないことだが、もっとも中国の小説にそういう話があったな。でも、そんなことがあるわけがない。伴蔵、てめえの嘘ではないか」

「だから、嘘だと思うなら、行って御覧になってくださいよ」

「もう夜も明けた。幽霊なら気遣いをする必要はない」

「先生、幽霊と一緒に寝れば萩原様は死んでしまいますよ」

「それは必ず死ぬ。人は生きているうちは、陽気盛んに、清く正しく、死ねば陰気盛んにして邪まに穢れるものだ。それゆえ、幽霊と共に偕老同穴の契りを結べば、たとえ百歳の長寿を保つ命も、そのために精血を減らし、必ず死ぬものだ」

「先生、人の死ぬ前には死相が出ると聞いていますが、ちょっと萩原様を見たらわかるでしょう」

「手前も萩原は恩人だろう。俺も新三郎の親、萩原新左衞門殿の代から懇意にして、親御の死ぬときに新三郎殿のことを頼まれたから心配しなければならない。このことは決して世間の人に言うなよ」

「ええ、もちろん、かかあにも言わないのですから、世間になんて絶対に言いません」

「絶対に言うなよ。黙っておれ」

そのうちに夜もすっかり明け放たれ、親切な白翁堂は藜(あかざ)の杖をついて、伴蔵と一緒にぽくぽく出掛けて、萩原のうちへ参ります。

「萩原氏、萩原氏」

「どなた様でございます」

「隣の白翁堂です」

「お早いこと、年寄りは早起きだ」

などと言いながら戸を引き開けます。

「お早ういらっしゃいました。何か御用ですか」

「あなたの人相を見ようと思って来ました」

「朝っぱらから、何でございますか。一つの敷地内にいるのですから、いつでも見られましょうに」

「そうでない。お日様の上がったところで見るのが良いのです。あなたとは、親御の時分から別懇にしたことだから」

白翁堂は懐より天眼鏡を取り出して萩原氏を見ます。

「なんですねえ」

「萩原氏、二十日を待たずして必ず死ぬ相が出ていますよ」

「へえ、わたくしが死にますか」

「必ず死ぬ。なかなか不思議なことがあるもので、どうも仕方がない」

「へえ、それは困ったことだ。だが先生、人の死ぬ時はその前に死相の出るということは、かねてより承っています。ことに、あなたは人相見の名人と聞いておりますし、また昔から陰徳を施して、寿命を全うした話も聞いています。先生、どうか死なない工夫はありますまいか」

「その工夫は別にないが、毎晩あなたのところへ来る女を遠ざけるより、ほかに仕方がありません」

「いいえ、女なんぞは、来やしません」

「そりゃいけない。昨夜、覗いて見た者があるのだが、あれは一体何者ですか」

「あなた、あれは御心配をなさるような者ではございません」

「これほど、心配になる者はありません」

「何、あれは牛込の飯島という旗下の娘で、わけあってこの節は谷中の三崎村へ、米という女中と二人で暮しているのです。死んだと思っていたのに、このあいだ、図らずも出逢い、たびたび逢引きをしていて、わたしはあれをゆくゆくは女房にもらうつもりでございます」

「とんでもないことを言う。毎晩来る女は幽霊なのに、お前は知らないのだ。死んだと思ったなら、なおさら幽霊に違いない。そのまあ、女が糸のように痩せた骨と皮ばかりの手で、お前さんの首ったまへ噛り付くそうだ。そうしてお前さんは、その三崎村にいる女のうちへ行ったことがあるのか」

「家に行ったことはありません。逢引きしたのは今晩で七日目ですが」

白翁堂の話に萩原も少し気味が悪くなったゆえ、顔色が変わりました。

「先生、そんなら、これから三崎へ行って調べて来ましょう」

新三郎はうちを出て、三崎へ参ります。女二人で暮らしている、こういう者はないかと、道行く人々に尋ねましたが、一向に知れません。尋ねあぐんで帰りに、新幡随院(しんばんずいいん)を通り抜けようとすると、お堂の後ろに新しい墓が立てられていました。そこには大きな角塔婆があって、その前に牡丹の花の綺麗な灯籠が雨ざらしになっています。この灯籠は毎晩お米が点けてきた灯籠に違いないから、新三郎はいよいよおかしいことに気が付きます。お寺の台所へ回り、尋ねます。

「少々伺いたく存じます。あそこのお堂の後ろに新しい牡丹の花の灯籠を手向けてあるのは、あれはどちらのお墓でありますか」

「あれは牛込の旗下の飯島平左衞門様の娘で、先日亡くなりまして、全体法住寺(ほうじゅうじ)へ葬るはずのところ、当院は末寺じゃから、こちらへ葬むったのです」

「あのそばに並べてある墓は?」

「あれはその娘のお付きの女中で、これも引き続き看病疲れで死去いたしたから、一緒に葬られたので」

「そうですか。それでは、あの二人は、全く幽霊だということか」

「はあ」

「何でもよろしゅうございます。さようなら」

新三郎はびっくりして、うちに駆け戻り、この趣きを白翁堂に話しました。

「それはまあ妙なわけで、驚いた。何たる因果なことか。幽霊に惚れられるとは何ということでしょう」

「どうも情けないわけでございます。今晩も、また来るでしょうか」

「それはわからねえな。約束でもしたか」

「へえ、明日の晩、きっと来ると、約束をしました。先生、今晩、どうか泊まってください」

「まっぴらごめんだ」

「占いでどうか来ないようになりますまいか」

「占いでは幽霊の処置はできないよ。あの新幡随院の和尚はなかなかに偉い人で、念仏修業の行者で私も懇意だから手紙をつけよう。和尚のところへ行って頼んで御覧なさい」

白翁堂は手紙を書いて萩原新三郎に渡しました。新三郎はその手紙を持って一目散に良石和尚のところへ参ります。

「どうぞ、この書面を良石和尚様へ上げてくださいまし」

新三郎が手紙を差し出すと、良石和尚は白翁堂とは別ならぬ間柄ゆえ、手紙を見てすぐに萩原を居間へ通しました。和尚は木綿の座蒲団に白衣を着て、その上に茶色の衣を着て、当年五十一歳の名僧、寂寞(じゃくまく)としてちゃんと座り、なかなかに道徳いや高く、念仏三昧という有様で、新三郎は自然と頭が下がります。

「お前が萩原新三郎さんか」

「はい、粗忽の浪士萩原新三郎と申します。白翁堂の書面の通り、なんの因果か死霊に悩まされ、難渋しております。貴僧の御法をもって死霊を退散するようにお願い申します」

「こちらへ来なさい。お前に死相が出たという書面だが、見てやるからこちらへ来なさい。なるほど、おまえさん、死ぬな。近々に死ぬ」

「どうか、死なないようにしていただけませんか」

「お前さんの因縁は深いわけのある因縁じゃが、何しろ口惜しくて祟る幽霊ではなく、ただ、恋しい恋しい、と思う幽霊だ。三世も四世も前から、ある女がお前を思うて、生まれ変わり、死に変わり、姿かたちをいろいろ変えて、つきまとっているがゆえ、逃れがたい悪縁がある。どうしても逃れられないが、死霊除けのために海音如来(かいおんにょらい)という大切な守りを貸してやる。そのうちに、折角施餓鬼(せがき)をしてやろうが、そのお守りは金無垢だから、人に見せると盗まれるよ。丈は四寸二分で目方も余程あるから、欲の深い奴は潰しても、余程の値打ちにだから盗むかもしれない。厨子(ずし)ごと貸すにより胴巻に入れておくか、身体に背負っておきなさい。それから、またここにある雨宝陀羅尼経(うほうだらにぎょう)というお経をやるから読誦しなさい。これを読誦すれば宝が雨のように降る。欲張りのようだが、決してそうじゃない。これを信心すれば海の音という如来様が降って来るというのじゃ。この経は妙月長者という人が、貧乏人に金を施して悪い病の流行るときに救ってやりたいと思ったが、宝がないから仏の力をもって金を貸してくれろと言ったところが、釈迦がそれは誠に心掛けの尊いことだと言って貸したのが、すなわちこのお経じゃ。また、御札をやるから方々へ貼っておきなさい。幽霊の入りどころがないようにして、そしてこのお経を読みなさい」

その親切な言葉に萩原新三郎はありがたいと礼を述べて、帰宅します。白翁堂にそのことを話し、それから白翁堂も手伝ってその御札をうちの四方八方へ貼りました。新三郎は蚊帳を吊ってその中へ入り、かの陀羅尼経を読もうとしたが、なかなか読めません。

のうぼばぎゃばていばざらだら、さぎゃらにりぐしゃや、たたぎゃたや、たにやたおんそろべい、ばんだらばち、ぼうぎゃれいあしゃれいあしゃにれい。

なんだか外国人のうわ言のようでわけがわからない。

そのうち、上野の夜の八ツの鐘がボーンと不忍池の池に響き、向ケ丘の清水の流れる音がそよそよと聞こえてきます。

山に当たる秋風の音だけで、陰々寂寞と世間がしんとすると、いつもと変らず根津の清水の下から駒下駄の音高くカランコロン、カランコロンと聞こえてきました。

新三郎は心のうちで、そら来たと小さくかたまり、額から顎にかけて脂汗を流し、一生懸命一心不乱に雨宝陀羅尼経を読誦いたします。駒下駄の音が生垣の元でぱったり止みました。

新三郎はよせばいいのに、念仏を唱えながら蚊帳を出て、そっと戸の節穴から覗いてみます。いつもの通り牡丹の花の灯籠を下げて、お米が先へ立ち、あとには髪を文金の高髷(たかまげ)に結い上げ、秋草の色に染められたの振袖に燃えるような緋縮緬(ひぢりめん)の長襦袢のお露がいます。その綺麗なことは言うまでもなく、綺麗なほどなお怖く、これが幽霊かと思えば、新三郎はこの世からなる焦熱地獄に落ちたる苦しみです。萩原の家は四方八方にお札が貼ってあるので、二人の幽霊が臆して、後ずさりをします。

「お嬢様、とても入れません。萩原さんは、心変わりをされて、昨晩のお言葉と違い、あなたを入れないように戸締りをしています。あきらめましょう。心変わりした男には、うちへ入れるような気遣いをすることはないでしょう。心の腐った男です。あきらめましょう」

お米がそのように慰めれば、お嬢様は言います。

「あれほどまでにお約束をしたのに、今夜に限って、戸締りをするのは、男心と秋の空。変り果てたる萩原様のお心が情けない。米や、どうぞ萩原様に逢わせておくれ。逢わせてくれなければ私は帰らないよ」

お露は振袖を顔に当て、さめざめと泣きます。その様子は、美しくもあり、物凄く恐ろしくもあり、新三郎は何も言わず、ただ南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と唱えております。

「お嬢様、あなたがこれほどまでに慕うのに、萩原様という人は、あんまりなお方ではございませんか。もしや、裏口から入れないものでもありますまい。いらっしゃい」

お米がお露の手を取って裏口へ回りましたが、やっぱりうちの中へは入ることができませんでした。


◆場面

萩原新三郎の自宅

◆登場人物

・萩原新三郎…美青年、お露に恋をしている
・お露…飯島家のお嬢様、亡くなって幽霊になっている
・お米…お露の面倒を見る女中、亡くなって幽霊になっている
・伴蔵…萩原家の孫店で店を営んでいる
・白翁堂勇齋…顔相見、占い師
・良石和尚…仏僧、新三郎に海音如来のお守りを渡す

◆感想と解説

この章で面白いところは、白翁堂勇齋に「昔から幽霊と逢引きするなんていうことはないことだが、もっとも中国の小説にそういう話があったな。でも、そんなことがあるわけがない。伴蔵、てめえの嘘ではないか」と圓朝自ら、中国の怪談『剪燈新話』を自分が引用していることを種明かししてしまっているところです。洒落なのか、開き直りなのかわかりませんが、観客の中にもわかる人にはわかるといったところなのではないかと思われます。

第9話に続きます!
次回の主人公は飯島家の孝助です。

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佐藤芽衣
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