#読書感想文 柳美里(2017)『JR上野駅公園口』
柳美里の『JR上野駅公園口』を読んだ。
わたしが読んだのは2017年出版の河出文庫版で、単行本は2014年に出版されている。
2020年にアメリカの全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞したことは記憶に新しい。
正直に言うと、わたしは柳美里が苦手だった。赤ん坊を抱く自分を単行本の表紙にしてしまう豪胆さに面を食らって以来、勝手に距離を置いていた。ただ、彼女は演劇出身であり、パフォーマンスをして、観衆の興味を惹き、自分に惹きつけることなんて造作もないことで、むしろやって当然のことだったのではないか、と今となっては思ったりもする。(売れないことには話にならないしね)
本書の主人公の男性は上野のホームレスである。福島県相馬郡から出てきた出稼ぎ労働者、上野恩賜公園で暮らしている。視界には上野の雑踏、人々の会話が彼の耳に断片的に入ってくる。交わることのない人生がいくつも流れていく。そして、彼自身の過去、家族が去来していく。津波による原発事故と天皇。
日本の宿痾が凝縮されたような作品だが、その語り口は淡々としている。平和な内戦を描いているようでもある。
生きるためのお金を稼ぐことに必死で、あっという間に過ぎてしまう時間。いつも疲れていて、残ったのは疲労感のみ。彼のような過酷な人生を生きている人も少なくないことをすぐに忘れてしまう。日々の生活をしていると、自分と周囲が基準になりがちだが、決してそうではない。わたしの知らないところで、知らない人が辛酸をなめて生きていることを知るのが小説の役割なのだと思う。そのことを思い出させてくれる一冊でもあった。
そして、ホームレスに立ち退きをさせる方法が「山狩り」と「特別清掃」と呼ばれていることをはじめて知った。本書は、あらゆるすべての事象がつながっていることが示されており、そのことに少し怖くなった。