#映画感想文345『レッドロケット』(2021)
映画『レッド・ロケット(原題:Red Rocket)』(2021)を配信で観た。
監督・脚本はショーン・ベイカー、出演はサイモン・レックス、ブリー・エルロッド、スザンナ・サン。
2021年製作、130分、アメリカ映画。
マイキーはロスアンゼルスでポルノ俳優として働いていたものの、うまくいかなくなり、故郷のテキサスに戻ってくる。別居していた妻のレクシーの家に転がり込み、何とか雨風をしのげる家を確保する。義母のリルも、マイキーを歓迎してはいないが、背に腹は代えられない。マイキーは車社会のアメリカに住んでいるのに、自動車すら持っておらず、移動手段はもっぱら自転車。これはなかなかの悲壮感が漂う。
マイキーは再就職しようとしたものの、まともな職歴もないため、仕事が決まらない。ポルノスターであったことを明かしても、それで彼の評価が好転することはない。旧知のドラッグディーラーに頼み込み、大麻の売人となる。
そんな生活の中、3週間後に18歳になる、かわいい女の子を見つける。ニックネームはストロベリー。ストロベリーはドーナツ屋で働く女の子で、母子家庭で貧しくはなさそうだが、大学進学などは考えていない様子。マイキーは彼女にひとめぼれをして、彼女をポルノ女優にして、業界へのカムバックを決意する。中盤以降は彼女をどう説得するのかに主眼が置かれていく。
観客は主人公のクズっぷりを眺めることになる。マイキーは憎めないやつとかそういう次元でもなく、やっぱりクズだなと感慨深く観察していくことになる。
本作の背景には共和党支持のレッドステートのテキサスの貧困がある。2016年のアメリカが舞台なので、トランプのテレビ演説や例の「Make America Great Again(アメリカを再び偉大な国へ)」の看板が映り込む。
マイキーは大麻の売人、妻のロキシーは売春婦、義母のリルは年金を受給できているのか微妙な感じ。友達はなぜか軍歴があると経歴を詐称。知り合いの黒人一家は大麻のディーラー。産業は石油工場しかない。ほかは食料品店やドーナツ屋といった小売店がある程度で、街は閑散としている。だだっ広い道を自転車で走るマイキーの姿がもの悲しい。
その日暮らしの登場人物たちを見るにつけ「アメリカを再び偉大な国へ」なんて無理だろ、と何度も突っ込んでしまう。しかし、高等教育も受けておらず、職業選択すらできなかった、取り残された人々がアメリカにはいて、彼らの一縷の望みはトランプなのだ。彼らはトランプによって生活の向上を望んでいるわけではなく、既得権益を持つ都会のエリート層を破壊してほしいという願望を持っているのではないだろうか。救世主を求めているのではなく、むしろリセット願望が支持の動機づけになっている。地道な努力ではなく、破滅による平等化のほうが手っ取り早い。トランプはエリートどもを引きずり下ろしてやれ、という人々の願望をうまく利用しているのだろう。そう考えると、議事堂襲撃事件がなぜ起きたのかがわかるし、あんな事件を起こしたにも関わらず、大統領候補になっている現実も、わかるような気がしてくる。
トランプとカマラ・ハリスは競っている。有色人種のエリート留学生カップルの子どもである女性のハリスが、貧困層の白人の共感を呼ぶことはない。なんだか面白くない、という感覚は侮れないと思う。
本作は、マイキーという男のクズっぷりが立て続けに見ることになるのだが、なぜクズになってしまったのかを考えると、その背景には貧困と機会の不平等がある。閉塞感を甘く見てはいけないと思わされる作品だった。