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#映画感想文354『型破りな教室』(2023)

映画『型破りな教室(原題:Radical)』(2023)を映画館で観てきた。

監督・脚本はクリストファー・ザラ、出演はエウヘニオ・デルベス。

2023年製作、125分、メキシコ映画。

アメリカとの国境近くにあるメキシコのマタモロスの小学校はメキシコ国内の最底辺校。教師も学生もやる気がない。なぜかというと、銃声やサイレンが鳴り響き、いつ誰が死んでもおかしくないほど治安が悪い貧困地域だからである。頑張ってもしょうがない、という空気が常に漂っている。

ある女性教師は産休を取っていたのだが、出産後、教室に戻らず専業主婦になることを選ぶ。そこで急遽採用されたのがセルヒオ・フアレスという男性教師。彼は六年生の教室を改革すべく、子どもたちと向き合っていく。彼の手法は、子どもたちの考えを否定せずに受け入れ、彼らに考えさせる。彼らの個性、発想、学び合う力を信じる。セルヒオは子どもたちに問うのだ。「なぜ、鉄のかたまりである船は浮くのか。船には定員がある。救命ボートに太った人を乗せると、なぜ沈むのか」と。子どもたちは戸惑いながらも、浮力の計算方法、体積や密度にたどりつく。

学校の環境はひどいもので、図書館の蔵書は極端に少なく、パソコンルームはパソコンが盗まれ、ただの物置きになっている。セルヒオはパソコンが必要だと校長に訴えるのだが、行政の動きは鈍く、パソコンは届かない。

教師のセルヒオと三人の生徒を中心に物語は進む。ニコは学校嫌いの少年。お兄さんがギャングに入っていることもあり、小学校をドロップアウトして、ギャングとして生きていこうと考えている。チームのボスからは裏切らないようにと拳銃を手渡されており、ニコはそれをリュックサックに隠して生活をしている。

そんなニコが恋をしているのはパロマという天才少女。彼女は数学や物理が得意で、宇宙航空工学を学び、宇宙飛行士になることを夢見ている。彼女の父親は病を患っており、自宅の裏手にあるゴミの山から鉄くずを拾い集め、それを売って暮らしている。そのことを同級生にはからかわれたり馬鹿にされたりするためパロマは自分の優秀さを隠して目立たないようにおとなしくしている。セルヒオはNASAのサマースクールを勧めたり、学び続けるよう、彼女を励ましていく。

ルペは幼い妹と弟の面倒を見る小さなお母さん。両親は共働きで、家事と育児を十二歳のルペに押し付けている。ソファに横たわる母親のそばにある妊娠検査薬を目にして、「また妊娠したのか」と彼女は呆れるが、何も言わない。ルペは哲学的な思考をすることができ、セルヒオから「まるでジョン・スチュアート・ミルのようだ」と褒められ、バスで遠出して大きな図書館へ行き哲学書を読むようになる。哲学者になるか教師になるか、彼女の夢はふくらんでいく。そんな彼女に母親は非情な宣告をする。「おなかの赤ちゃんが生まれたら育てるのはあなたよ。わたしは働かなきゃいけない。この赤ちゃんが6歳になったら学校に行ってもいい」と。ルペは泣いたりしない。静かに黙って絶望をする。この現実には胸をしめつけられた。

セルヒオと出会い、生徒たちは自ら考えるようになり、自己肯定感を育み、見事に成長していたのだが、ある日、悲劇が起こる。学ぶ面白さに気が付いたニコがギャングに入りたくないと兄に告げると、事態は急展開する。ニコのもとにワゴン車でギャングたちがやってくるのだが、運悪くパロマが居合わせており、ギャングのリーダーが輪姦しようと車にニコとパロマを連れ込もうとする。パロマに危害が加えられることに耐えられなかったニコは持っていた拳銃を発砲し打ち合いとなり、ニコとギャングたちは息絶える。

この事件をきっかけにセルヒオは生きる気力を削がれてしまうのだが、最後の気力を振り絞り、生徒たちに教室に戻ってほしいと説得していく。そして、メキシコの全国学力試験の日がやってくる。セルヒオのクラスは、劇的に成績が伸び、パロマは全国一位の成績を取り、それは大きなニュースとなる。この映画は実話をもとにして作られている。

同じく実話から作られたインド映画の『スーパー30 アーナンド先生の教室』のアーナンドは、カリスマ教師であり、怒れる獅子であり、私塾を立ち上げ、権力者たちに下剋上を仕掛けていく策士。面白いが、あまり身近には感じられない。

本作のセルヒオという教師の描かれ方はとても新鮮に感じられた。彼は生徒の反応を怖がっている。生徒の言動に戸惑うこともある。思考錯誤をしながら、生徒たちと真剣に対話を重ねていく。その様子はおっかなびっくり、と形容するにふさわしい。生徒はそのような謙虚さを持った教師に敬意を払うようになっていく。彼は人の可能性を信じると決めている。他人の考えを否定しない。言葉にするのは簡単だが実践するのは難しい。そして、生徒たちが自分を信じてくれた先生の期待に応えようとする気持ちはよくわかる。

主演のエウヘニオ・デルベスは、『コーダ あいのうた』でも、生徒を励ます先生役で出演している。本作のセルヒオ先生はあくまで等身大で、今も教壇に立っているのだと思われ、その事実に励まされる。

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佐藤芽衣
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