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創作小説集

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#短編小説

永い憂鬱

永い憂鬱

「知ってる?死んだ人の脳を食べると幸せになるんだよ」
 同窓会が終わりに近づいた頃、久々に会った彼女は唐突にそう呟いた。

 大学へと進学し、地元の仲間と疎遠になり、ろくに彼らと連絡を取ることもしなかった。進学を機に仲が悪くなったわけではない。その当時、一度築いた友情は確固たるものであると錯覚していたのだ。
 だが現実はそうではなく、野風に晒され続けたそれは、知らぬ間に風化していた。
 かつての友

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神聖、或いは悪意

 寒い夜のことだ。暖かな赤提灯につられ、下町の大衆酒場にぶらり立ち寄り、熱燗を舐めていた。
 しばらくすると、耳まで隠れるような、たいそうな首巻きをしたみすぼらしい格好の翁が近寄ってきた。翁は、面白い話を聞かせるから、その代わりに酒を奢れと言う。浮浪者の多く住まうこの下町では特別珍しいことでは無い。
 特に金に困っていたわけでもない私は、面白い話であればそれで良し、つまらなくとも寂しさが紛れるなら

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私、ラブロマンスが好きなの。

 別れは自分から切り出した。
 特に大きな喧嘩もないまま3年付き合った彼女は、裏では他の男と浮気をするような薄情な女だった。
 それが発覚した時、不思議と悲しみや怒りの類の感情はなく、どこか滑稽に感じている自分に驚いた。
 
 愛していなかったわけではない。まめに連絡をとり、彼女との時間を多く設け、記念日にはプレゼントを贈った。休みの日には人気のデートスポットへ出かけたり、安いながらも清潔にしてい

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ある男の話

ある男の話

「この店はコーヒーが美味しいらしいんだ」
 丁寧に手入れされた顎髭を撫でながら、男は言った。

 2×××年、技術の進歩によって世界は発展し、身の回りのものはほとんどAI化、簡略化されていた。先の有名人の言葉を借りれば、これは生物の進化の新たな形だ。

「人の手によって作られる珈琲店なんて今どき珍しいのに、客がいないですね」
 広いとはお世辞にも言えない店内には、髭面の男と若者の2組以外には、1人

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