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創作小説集

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#小説

透けた虚栄心、坂を下って

透けた虚栄心、坂を下って

 人間とは不可解だ。相手のことなど全くわからなくとも信用関係を築くことができる。もちろん言葉を交わして親睦を深めることはできる。だがその言葉の全てが信頼に値するかどうかなどわからない。何となく雰囲気で、我々はそれらを真実として疑わない。疑ってしまった時点で、正誤がわからない以上、疑った方が不誠実になってしまう。そうなってしまえば、答え合わせのない人間関係などどこまでいっても薄っぺらいものでしかない

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土着神の観測

 世界各地を旅していた時の話だ。ある湿度の高い地方の街を訪れた。

 街は海が近く、市場にはさまざまな煌めく鱗が並んだ。海に鍛えられた男たちは屈強で、その男を支える女もまた、快活で逞しかった。
 背の低い家々が並ぶその通りにはさわやかな潮風が吹き、海に向かう子どもたちが駆けていた。少し歩けば美しい海が見える岬があった。

 その岬から海を眺めているとき、私は視界の隅に小さく蠢く黒い何かを捉えた。目

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神聖、或いは悪意

 寒い夜のことだ。暖かな赤提灯につられ、下町の大衆酒場にぶらり立ち寄り、熱燗を舐めていた。
 しばらくすると、耳まで隠れるような、たいそうな首巻きをしたみすぼらしい格好の翁が近寄ってきた。翁は、面白い話を聞かせるから、その代わりに酒を奢れと言う。浮浪者の多く住まうこの下町では特別珍しいことでは無い。
 特に金に困っていたわけでもない私は、面白い話であればそれで良し、つまらなくとも寂しさが紛れるなら

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ある男の話

ある男の話

「この店はコーヒーが美味しいらしいんだ」
 丁寧に手入れされた顎髭を撫でながら、男は言った。

 2×××年、技術の進歩によって世界は発展し、身の回りのものはほとんどAI化、簡略化されていた。先の有名人の言葉を借りれば、これは生物の進化の新たな形だ。

「人の手によって作られる珈琲店なんて今どき珍しいのに、客がいないですね」
 広いとはお世辞にも言えない店内には、髭面の男と若者の2組以外には、1人

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